〜第5章〜


[04]朝6時49分B


「じゃあ今度は走ったりしないから……それでいいでしょ?」

……ああ、頼む。
って
ん?

「随分と優しいな、清奈」

思ったことをそのまま口にしてみました。

「優しい、じゃなくて、お前が情けないから!」

と、本人は強く否定。

「どっちでもいいよ。でも……昔と変わったね」
「え?」
「清奈っていう人間の全てがさ。清奈は気づいてないかもしれないけど、変わったよ」
「何にも変わってなんかな……」

と、否定しようとして
台詞が止まった。

――――――――――――

……私は。
悠の言う通りだ。
私は、悠と出会ってから、どんなふうになった?

以前までの私?
いや、違う。
少なくとも昔とは違う。
何が
それは……







この胸のときめき。





この、よく分からない暖かなものは、時に私の胸に深く突き刺さり、酷く悲しみを呼びおこすだろう。
でも
時には私をこんなにも安堵を覚えさせてくれて、私をこれまでにないほど、輝かせてくれるもの。


「私って……」
「ん?」
「変……かな……?」

悠は自然な顔をして答えたのは。

「別に、変じゃないよ。そのままで、いいんじゃない?」
「そのまま……?」
「清奈はさ……ほら、今までいろんなものを抱えこんでたけど、そんなに溜め込まずにのんびりやっていったらいいんじゃない?」





ふふ。
何か滑稽ね。
私ってば……こんな言葉に嬉しさを感じるなんて。

再び私は悠の手を掴んで、走り出す。

「おい! 結局走り出すのかよ!」
「いいの、私が嬉しかったらそれでいいの!」

改札を抜けて、駅のホームに繋がる階段をかけ上がる。
2段、3段飛ばしで一気に登り終わった。


――――――――――――

や、やっと……家についた。

ネブラとの戦いが終わってすぐに、家まで持久走は辛いよ。ほんとうに。
しかもこの持久走、自分で走るスピードをコントロールできない。

結局、清奈とは家に戻ってくる今の今まで手を繋ぎっぱなしだった。それは、そう、通勤ラッシュで人が込み合う電車の中でさえも。

「へえ……ここが悠の家なんだ。意外と豪勢な家に住んでるのね」

意外と、は余計だ。
一応両親はエリートだからな。これぐらいの一戸建てなら普通に買って住める。

「じゃあ早速、お邪魔するわね」
「ちょっと、ちょっと待った」
「なに?」
「家散らかってるからさ。少し片づけたいからここで待っててくれる?」
「やだ」
「え?」
「私はずっと悠の側に……」

片づけるほんのちょっとの間だけだろうが。

「やだやだ、別に散らかっててもいいからやだ」

困ったなあ……。
別に見られたくないものがあるわけじゃないけど。でも、毎朝ここは僕と絵夢の戦場になってるわけで、部屋全体がみっともないことになっているのだ。

「じゃあさ、私も掃除するから。それなら文句無いでしょ?」
「え……そんなの悪いよ。清奈がわざわざ来たのにさ。客に掃除させるなんてわけには、いかないだろ?」

「客じゃないわ」

へ?

「うん、これだけ大きくて立派なら大丈夫そうね」

満足そうな顔をする清奈。客じゃない……?

ま、まさか!

「なあ、清奈」
「なに?」
「もしかしてさ、まさかとは思うんだけどさ、あのさ……ここに住むつもりか?」

「当たり前でしょ?」

何を今さら、とでも言いたそうな瞳をこちらに向けて来たぞ。

「うええ!?」
「なに、驚いてるのよ。自分で毎日いる必要があるって言ったじゃない」

本気か?
あれは、半分冗談のつもりだったんだが……?
「明日にでも私の家から荷物を持ってくるから」
「あ、あの〜」
「あ、そうそう。手伝ってよね、引っ越し」

拒否権ナッシン!?
リアリィ!?
アンビリーバボー!


僕が反対するなんて最初から考えてないらしく、すっかりその気になっていらっしゃる清奈さん。

「ここに住むんだから、掃除ぐらい手伝うわよ。だから、悠はその代わりに引っ越しを手伝うの、それならいいでしょ?」

仕事量を考えるとそれは等価交換じゃないぞ。

「さてと、それじゃ早速邪魔するわね」

お〜い。
許可してないんですけど〜?
無視?
そんなの関係……ねぇ?
住居不法侵入……。

「やれやれ」

面白いことに、自分はあまり強く否定しなかった。
なんと「まあいいか」って思えてしまったという。
あそこまでその気にされてしまったら、ダメって言えないもんな。

ああ、ノーと言えない日本人の鑑だな、僕は。







「お、お兄ちゃん、この人、だれ!?」

まずは、こいつを納得させなきゃいけない。

「ああ、ちょっと事情でしばらく一緒に住むことになったんだ」
「じ……事情って?」
「事情は事情だ。絵夢に説明しても分からないような大人の事情だよ」


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