〜第4章〜 黒の男


[06]昼12時15分


1分も時間を無駄にしないように、かといって廊下を走ると変な先生に注意されかねないので早歩きで向かう。

そのとき、

「あ……あの……」

思わず振り向いてしまう僕。男の本能には逆らえないな、さくらちゃんに話しかけられたならどんな用事があっても無視できない。

「長峰さん……今日はいないんですか?」

「あ〜。1時間目はいたけど、今はもう早退したみたいだよ」

「じゃ……じゃあ……あの……」

さくらちゃんはなぜかおどおどしながら、僕に言った。

「もしひまなら……美化委員の仕事を手伝ってくれませんか?」

僕に、ここで「断る」という選択肢があろうか、いやない。

「分かった。手伝うよ」

おのずと笑顔で答える僕。

「ありがとうございます。とても助かります!」

それに、さくらちゃんスマイルで答えてくれた。修行は放課後に後回しにしようっと。


その仕事の内容は、全ての洗面所の石鹸の点検だ。靴箱入れの前や屋外のものはもちろん、トイレの中の洗面台もチェックしなければならないらしく、どうしても男手が必要だったようだ。
そしてたまたまさくらちゃんの相手が学校を欠席、といった色々な偶然が重なりあったお陰で、この、至福の一時を楽しんでいるわけである。さくらちゃんの側にいれるってだけで、これほどまで嬉しく思っている自分がいるのだからなあ……。

「空川さんは毎日この仕事を?」

「いえ、週ごとの当番制なので毎日しているわけではないんです。今日は山本くんは欠席だし……」

「そうか。だから僕に頼んだのか」

「はい!」

ということは、つまりだな。
男子は、他の誰でもよかったはずだ。そこで僕が選ばれたというのは、もしかしたらもしかして……!!

「相沢くん?」

はっと我に返る。

「あ……いや〜なんでもないよ?」

さくらちゃんがくすりと笑って、ひとまず新品の石鹸を司書室に取りにいった。
重い扉を開く。
司書室……誰もいない。

「ここにありました」
物干し竿のようなギドギドの緑ペンキで塗られたような棚の一番上に、石鹸段ボールが置かれている。

「あんなところに……」

さくらちゃんが棚の側によって、

「よ……い、しょっ!」

飛んでみるが、届きそうにない。
踏み台になりそうなものを探すが、特に見当たらない。

「僕がやってみる」

今度は僕が飛んでみた。

「よっと!!」

段ボールに触れることは出きたが、段ボールを下に下ろすことは無理そうだ。

「困ったな……どうしよう」

奥に司書の先生を探すが、人がいる気配は無い。

「あの……相沢くん」

「ん? なに?」

「肩車……してくれませんか?」


……。


な!?
か……かかかか肩車ですか?
い……いいんですかそれわぁ!!

「い……いいの?」

思わず聞き返す。
だってさあ、それをするということはすなわち、

スカートの中に頭をつっこ……ぶはっ!!

「し……しかたがありませんし……はやくしないと……昼休みも終わっちゃうし……えっと……その……その……」

だんだん声が小さくなっていく。顔を赤くして少しうつむかれた。

落ち着け〜
落ち着け〜僕。
大丈夫だ、大丈夫だ。
これはやむを得ないことだし?
回避不可イベントだし?
さくらちゃんも了承してるし?
こうなったのを恨むなら、こういう展開になるとビックバンの前に時間の流れを決めた神様に言ってくれ。分かったか!

「じゃ……じゃあ」

僕はさくらちゃんのすぐ後ろにしゃがみこむ。

そして

まさに、絶対不可侵領域レベル5の中へ恐る恐る入ろうとした

そのとき――

「はいはい、そこまでにしときな、若えの」

急にガラガラ声が僕の背中に聞く。

振り替えるといたのは、無精髭を生やした見るからに怖そうなおっちゃん。

「あ……あの〜」

どちらさまですか、この人は?
このタイミングで入ってくるとかKYじゃありませんか?
色々な疑問が上がったが

「瀬戸先生!」

外国人並に超大柄なそのおっちゃんに話しかけるさくらちゃん。

「空川さん……知り合い?」

「司書の先生ですよ? 相沢くんは知らなかったんですか?」

いや、普通に学校生活を送るぶんには司書の先生なんぞに顔を合わせる必要は無いからな。

「うん、僕はちょっと初めて。瀬戸先生? 瀬戸ってまさか…?」

「梓の父親だ。悪いか」

……。

へ〜。
あの瀬戸さんの父親か。
というか、瀬戸さんはクラスで一番背が低いのに、父親は凄い高さだな。凸凹親子コンビだ。

「美化委員か。すまねえ、こんなところに置かれてちゃ困っちまうな」



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