〜第4章〜 黒の男


[07]昼12時21分


瀬戸先生がいとも簡単に段ボールを下ろし、中にある大量のレモン石鹸を、一緒に入っていた布袋に入れ、僕に差し出した。

「今日は山本じゃねえのか、お前、名前は?」

「え……相沢悠です」

「相沢……どっかで聞いたことのある名前だな……。あぁ、思い出した。梓が言ってたなあそういえば、長峰と仲が良いんだって?」

瀬戸さん、だから勝手にそういう情報流すなってーの。そりゃあ清奈は、僕も男だ、ちょっと気になる。しかしだな、清奈は僕のことは仲間以上には絶対見ようとしないってのに。それになんでこのおっさんが清奈のことを知ってるんだよ。

「なんだ、なんで長峰のことを知っているのか、聞きたいか?」

だりぃ、何でこのおっさん心が読めるんだ。

「あいつは転校生だろう。この高校に入る転校生は全員ここに来て所定の手続きをしなくちゃならねえ」

だから、清奈と一度会ってるんだな。

「長峰さんって、元々はどこに住んでいたんですか?」

「あいつか? あいつは……俺が聞く限りイギリスと言っていたな」

イギリス……
あの田園風景は、イギリスにあるのだろうか。
いや、たまたま前に清奈が管轄していた場所がイギリスだっただけかもしれない。
「相沢くん……行きましょうか」

さくらちゃんが言ったので、僕は司書室を後にしてたくさんの洗面台に向かう。

さくらちゃんは手慣れたもので、石鹸取り替え作業はスムーズに進んだ。

次は横にとても長い大きな洗面台。野球部の7人が横並び一斉に顔を洗っている。それが終わったのを見計らって、僕とさくらちゃんは作業を開始した。

さくらちゃんは右から、僕は左から順々に石鹸を取り出して、新しいのを入れる。

3個目が終了し、4個目に取り掛かろうとしたときに

「あっ……」

同時に言う。
ちょうどさくらちゃんも4個目に取り掛かろうと同じ蛇口に手を出した所だった。
不意に、さくらちゃんの指と僕の指が触れ合う。

「ご……ごめんなさい!」
またもや同時に言う。
そしてまたまた同時に手を引っ込めた僕とさくらちゃん。

「ごめん、驚かせちゃって。僕がやるよ」

「は……はい……じゃあ……」

ん?
何でそんなに赤くなってるんださくらちゃん?
そ……そんなに、僕とほんのちょっと触れたのははずかった?

「相沢くんも、ちょっと顔が赤いです」

……え!
いやいやいやいやいやいや、なんで気持ちが高ぶるんだ僕はっ!

「ダメですよ。今の顔を長峰さんに見せたら、きっと怒りますよ」

いや……だからさあ……
さくらちゃんまでそういうこと言うんですか?
そんなに仲の良い節があったか?もう一人僕にそっくりな奴がいるんじゃないか?

「……」

すると、さくらちゃんは
少しだけ、寂しそうな顔をして、言った。

「相沢くんは……長峰さんのこと、ちょっと気になりますか?」

「え……」

不意に問われた質問。
なんと答えたらいいのだろうか。
ちょっとだけ沈黙が起こる。

「と……特には……思ってない」

いや、興味が無いわけじゃないが、清奈を、何だろう、いわゆる恋愛として見るのは、なんていうか、【まだ】はばかれるというか。

……?
恋愛。


そう……いえば。
さくらちゃんもそうなると言えるかもしれないが、思えば、最近清奈のことを考えることが多くなった。
それは、目的では、【清奈の過去を知る】というものからではある。

僕の中で、さくらちゃんと清奈は微妙に違った場所に位置している。

さくらちゃんは、色んな人から愛されている。それは例えば、人気のアイドルやユニットを好きになることと同じようなもの。
対して清奈は、僕しか知り得ないものがある。
僕以外は知らない清奈の秘密がある。
さらに……言ってもいいなら
僕は清奈のことを、他の誰よりも近い存在だと思っている。

この違いは何だ?
僕は……清奈を、どう思っているのだろうか。
それは
それは……
僕が今まで感じることのなかった。
「愛する」という感情なのだろうか。


「相沢くん」

「……はっ! なに?」

「相沢くんは、長峰さんのことをよく知っています。きっと長峰さんも、相沢くんを気にかけてる気がします。だから……」

ここで……言葉を詰まらせたさくらちゃん。

「だから……」

さくらちゃんが悩んでいる顔なんて、初めてみた。

「ええっと……その……あの……」

洗面台の蛇口から、水がポタポタ滴り落ち、小さな水溜まりが出来る。そんな風に、なぜかさくらちゃんも小さくなっていくような気がした。

「ごめんなさい……なんでもないです」

「え? ……うん」

何だろう。
この空気の微妙な違和感は。
とても言いたい、でもとても口に表すことができない。くしゃみが出そうで出ない不快な感覚と似た、小さな違和感がゆっくり僕の周りに漂い始めた。

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