〜第4章〜 黒の男


[05]朝8時50分


「遅刻で〜すね」

そう、この高校は変な先生が多い。この美術の先生は特にそうである。僕が会った先生の中で普通だった先生は、世界史の先生と保健室の先生だけだ。

「13分37秒の遅刻で〜す。もう少し気を引き締めることで〜す」

「はい、すみませんでした」

どこが変か?
挙げればキリがない。

まず、性別だが。
男でも女でも無い。ようするにオカマである。
そして、フランス帰りフランス育ちの為、日本語がおかしい。これは英語と同じではある。

そしてこれが極めつけだが。

「UH、OH! 一番上のボタンが外れていましてよ?」

すぐさま駆け寄って僕の服のボタンを止め、更にどこから取り出したのか、ヘアブラシで僕の髪をとく。
身だしなみに異様なほど厳しいのだ。

「さて! これでOKで〜す。 5組の席にお座りなさ〜い」

やっと解放されたらしい。ゆっくりと指を差された方へと向かう。1時間目なのに早く帰りたい気分だ。
もしかして清奈が授業を受けないのはこうなるのを見越してのことだったのか?

5組と6組の合同授業にも関わらず、人は本当に少ない。5組は、なんと僕と泉さんと瀬戸さんしかいない。
さらに、前に聞いた話では瀬戸さんは第1希望が音楽で第2が書道、すなわち美術は受ける気が全く無かったらしいのだ。

というわけで今瀬戸さんは、苦手分野の「絵」を描くため、先生から渡された無駄に装飾が多い鏡をじっと見つめて自画像のラフを描いていた。

一方の泉さんは手慣れたもので、もうまもなく色塗りが終わり完成といった所だ。

「ああ……もう」

瀬戸さんがさじを投げかけているのか2Bの鉛筆を机に転がす。

「全然前に進みそうにないわ。ちょっと相沢、遅刻してきた罰としてあたしを手伝いなさい」

「瀬戸さん、悪いが断る。僕も全然進んでないから」

机をひっつけて、画用紙を取り出す。家で続きをやるつもりだったが、やる気が起こらなかった。なぜか、美術って家に持ち帰ってもやろうと思わないんだよな。
というわけで、僕の画用紙に描いてあるのは、なんだったか忘れてしまった線の寄せ集めだ。

「いずみん、あんたは?」
瀬戸さんが目の前の泉さんに話をふる。

「そうですね。私も自画像ほど書くのが難しい絵は無いと思います」

泉さんは誰に対しても丁寧語で話す癖がある。礼儀正しい子だな。

「なんだか、自分の顔をじっと鏡で見てると、恥ずかしくなっちゃうんですよね」
「……そうか?」

僕が言う。

「あたし、それ何となく分かる気がする。普段自分の顔をジッと見つめることってないもんね」

朝、身だしなみを整えるぐらいしか自分の顔には出会わないって感じか。確かにそうだ。今僕の顔に何かついていても気づくことは無いもんな。


僕は筆箱から、持ってくるように言われた2B鉛筆を取りだし、椅子に深く座りなおして、目の前に鏡を置いた。

そして、鏡を見る。
そこに映るのはいつもと同じ僕の顔……

顔?



「っ……!!」

僕は思わず、立ち上がった。僕の座ってた椅子が後ろに倒れる。
その様子を先生を含めた全員が見つめる。

「……どうした相沢?」
「相沢くん……?」

泉さんと瀬戸さんが、さも驚いた様子で同時に言った。

「授業中はお静かに願いま〜すミスター相沢?」

「……すみません」

僕は椅子を立てて、座る。座ったと同時に他の子も作業をし始めた。

「……本当に大丈夫なの相沢? あんた【さっきの顔、普通じゃ無かったよ?】」

泉さんも心配そうにこちらを見ている。

「大丈夫、なんでもないから」

とりあえずはそう言った。なんでもなかった……?
いや、違う。
確かに変だった。

さっき、この鏡に写るはずの無いものが写っていた。なんだったかは一瞬しか見ていないから分からない。しかし確かに、さっき見たものは、僕の顔では無かったことは確かだ。
もしかしたらもう一度鏡を覗きこめば……。
そう思い、気持ちを落ち着けて恐る恐る鏡に目を落とす。
しかし、そこに映ったのはいつもの顔。
……やっぱり気のせいだったのか?
西洋の吸血鬼が鏡を見ることと同じぐらい、鏡を見る、ことに対し恐怖を感じた。
じきにそれが、気のせいでは無かったと気づくことになる。



3時間目の数学オペラの授業が終わり、大泉先生が教室を出た瞬間、皆は昼練に出かけたり、弁当を取りだし始めた。

清奈は早々と早退したらしく、今はこの場にいなかった。ネブラに関する重要な何かを調べていると言っていた。授業を受けている場合じゃないと判断したのだろう。

特に何をすることも無くなったので、僕は僅かな時間ながらも修行をすることにした。駅の売店で買った菓子パンと紅茶を腹に入れ、いつもの練習場所の、学校の屋上へと向かう。



[前n] [次n]
[*]ボタンで前n
[#]ボタンで次n
[←戻る]




Copyright(C)2007- PROJECT ZERO co.,ltd. All Rights Reserved.