〜第3章〜 清奈


[06]2007年5月19日 朝9時40分


バックドロップって…。

清奈、一つ心のなかで言わせて貰おう。

知らない単語(僕にとって)が大量に含まれる英文を余裕で、完璧に訳したり、平均点が欠点以下の数学の2次関数の最大最小のテストを、当然のように3桁スコアを取るのに、

なぜ幼稚園児も知ってる【ドロップ】を知らないんだよ。

「長峰さんは、あめって知ってますか?」

さくらちゃんは、そんな清奈に驚いたそぶりも見せずに、優しく聞いた。

「天気?」

「あ〜、それもあめって言いますけど…ペロペロ舐めるあめですよ。」

「ペロペロ舐める…あめ。」

どうやらかなり真剣に思い出してるらしい。
こんな清奈の顔、初めて見た。

「あ!」
ひらめいたらしい。

「飴のこと?なんだ…それなら初めからドロッポみたいな横文字を使わないで普通に飴って言えばいいじゃない!」

怒るなよ、そんなことで。あと、ドロップだ。

「長峰さん、ドロップって知らなかった?」

僕が言った。

「知ってるに決まってるでしょ!忘れてただけ!」

「へえ…。」

「お前絶対信用してないでしょ…!」

「じゃあ…これ分かるか?」

僕は床に置いていたリュックサックを手に取る。
「分かるわよ!え〜っと………。








……………ふろしき?」

ダメだこりゃ。

「あ〜!あっあっ!思い出した。ランドセルでしょ?」

小学生か。

「違う、これはリュックサックだ。」

再びふろしきとかランドセルと呼ばれたリュックサックを床に置く。きっとこのリュックサックも聞きなれない名で呼ばれ、さぞ驚いているだろう。

「今のは無し!だいたいね、物が入るんだから全部かばんで良いのよ!リュクサ…みたいな長い名前なんかいちいちつける必要ないわよ!」

こじつけじゃないか。

「じゃあ今覚えろよ。リュックサックだ。」
僕はもう一度清奈の前にリュックサックを持って言った。

「リュクサック!」

「違う。リュックサック。」

「リュックサク!」

「だから…リュックサックだ。」

「リュ……リュ……。」





「おい…長峰さん…。」

「ああもう嫌!この話もうおしまい!」

清奈はプイと窓の方を見た。


でも、なんか安心した。

清奈が…怒ったり強がったりしてくれて。

僕は、清奈が余りに無愛想だから、嬉しいときに笑わず、悲しいときに泣かないような、人間味の無い人間であってほしくなかった。
だから、今みたいな清奈が僕にとって、清奈だった。

そして、そんな清奈を







僕は、可愛く思えた。



そういうわけで、ドロップを口の中で転がしたりしている清奈が、さくらちゃんに言った。

「イチゴ味は無いの?」

イチゴ…?

「あ…ちょっと待ってくださいね。」

さくらちゃんは箱からドロップを出していくが、出てくるのは白ばかりだ。

ようやっと、赤色のドロップが箱から飛び出す。

「どうぞ。」

「ありがと。」

うお!
清奈がちょっと笑ってるぞ!

そのイチゴのドロップを、まるで超高級ショートケーキを食べるかのように、それはそれはおいしそうに舐めていた。清奈の頬が緩む。普段の戦っている清奈では決して見られない、女の子らしい面を見た気がした。

イチゴが…好きらしいな。

「ついでに、この白いのも貰うわね。」

さくらちゃんの手から、白いドロップをパッと取り、

「あ…長峰さん。それは……。」

さくらちゃんが清奈に心配そうな声をかける。

その心配は、どうやら正しかったようだ。

もぐもぐと緩んでいた頬が、急に引きつる。



「苦っ!!」


清奈はドロップを手に吐きだし、
僕におもいっきり投げつけた!

いだっ!

清奈はゆっくりと僕の方を見る。

「何を食わせたわけ?」

「自分で勝手に取ったんだろうが。ついでにいうと何もしてないぞ僕は。それはハッカ味のドロップだ。」

「ハッカ…?何よそれ。そんな果物聞いたことないわよ?」

僕も、ハッカが何かって言うのはよく知らないが…。

「ハッカは…ミントみたいなものですよ。」

さくらちゃんがフォローしてくれた。

「ミント…。あれは果物じゃないでしょ!?フルーツってそこに書いてるのに何でフルーツじゃないのが混じってるのよ!」

それは分かる。
ああいう金属の箱に入ったドロップって、ハッカばかり出てくるよな。

「空川さん、イチゴだけ全部ちょうだい。イチゴだけだからね。」

「あ……はいっ!」




というわけで、清奈の手の中に一杯のイチゴのドロップがあり、

イチゴじゃないという理由で清奈から嫌われた他の味のドロップを僕とさくらちゃんで舐めている次第である。

この僕が舐めているドロップに、もし口がついていたら

「不公平だー!」
「差別するなー!」

って感じで叫びだすだろう。だからせめて僕がおいしく舐めてあげようじゃないか。

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