〜第3章〜 清奈


[18]2007年5月19日 昼2時12分


またも3分のタイムロスの後、僕は清奈にボールを回す。

いくら瀬戸さんでも、あの清奈のボールを何度もキャッチできないはずだ。これを繰り返したらいつかは勝てる!

と、踏んだのだが。


清奈がボールを投げる。
見た感じ今までで一番強い。
その球を
瀬戸さんがジッと見た後

鈍く重い音が響いた。

「残念だけど。」

瀬戸さんがニヤリと笑う。

「長峰さん。あんたのボールの癖、読めたわ。」






なに……!!

清奈は何も言わない。ただ驚いた様子もなく、じっと瀬戸さんの方を見て、言葉を聞いている。

「あんたはボールを投げるとき、必ずバックスピンをかけている。これほどの威力で更にスピンをかけるなんて凄いけど…かかるスピンが必ずバックなら話は早いわ。」

瀬戸さんはどうも
バックスピンのボールを容易にとる方法を知っているらしい。敵がそんなうまい方法を教えてくれるはずもないし、清奈がその方法を知るはずもない。だってルールすら知らなかったんだから。

そう考えている内にボールを持つ瀬戸さんが動く。

さっき清奈がやったことと同じことをするつもりらしい。
つまりは走って相手のコートの空中に入る技。
相手のコートでも、空中ならばラインクロスにならないらしい。

清奈が構え、ボールを受け止める準備をする


…のだ

が。


あれ?
瀬戸さんが投げない。

このまま地面に着地したらラインクロスでこちらのボールに……




いや、違う。

これは…!!





瀬戸さんは、ジャンプして着地する寸前で投げた!






なるほど、ジャンプして投げるとき、普通の人間ならジャンプの最高到達地点でボールが飛んでくると思うだろう。さすがは学級委員の機転の良さだ。

「くっ…!!」

迂濶にも清奈は投げるタイミングに合わせて前進していた。更に瀬戸さんがギリギリまで溜めたお陰で瀬戸さんは清奈がいる内野の半分に達しようかというほど。

つまりは、ゼロ距離。

瀬戸さんが投げるボールを、ジャンプの勢いも入ったそのボールを超至近距離で取ることになってしまった……!!

そして、



瀬戸さんは撃鉄(トリガー)を引いた!!


銃声にも似た音が当たりに響く。

清奈は受け止めたのか、いや、いくらなんでも無理だ!

清奈!危ない!!


ボールは…

清奈に当たり上に高く浮き上がる。

「……うぅっ……!」
清奈が倒れる。
そしてボールは風に流れ、コートの左側へと流れていく……。

あれが地に落ちた途端、勝敗が決まる。





「悠……!!」

清奈の叫ぶ声が聞こえる。

「早く行って!!」

言われなくてもすでに体は動いていた。清奈の声を頭に残し、僕はボールの落下地点に向かって走っていた。

頼む……!
間に合ってくれ…!!

いよいよボールは最高到達点に達し、地球の引力との戦いになる。つまりは落下しはじめた。

距離は近くて遠く、残り5メートル程。

僕は更に前に飛込む。
もうダイビングキャッチでなければ無理だ。制服が汚れるが気にしない。なぜだか分からないが…僕も絶対に勝ちたいって思ってたんだな。清奈と一緒だ…。


ボールまで後2メートル……1メートル…50センチ……!!






そうして、

決着がついた。

非情にも後5センチあるかないかでボールは落ちてしまった。
ドッジボールが高くバウンドする。勝ち負けが着いたことを、はっきりと皆に知らせるように。




「やったぁっ!!」

瀬戸さんの声が後ろから響く。

「あたしの勝ちよ!」

場内一斉に拍手が起こった。今回は瀬戸さんの作戦勝ちだった。

すると、

「悠。」

はっと我に帰る。
後ろに僕の仲間がいたから。
僕は寝転がって仰向けになり、清奈と顔を合わせる。

「悪い…清奈。取れなかった…。」

清奈はじっと僕を見つめる。

「か…勝てなかったよな。もしかして…怒ってる?」

清奈はその答えは言わなかったが、

グレームドゥーブルのあのときのように、清奈は手を差し出してくれた。

「立って。」

それだけ言った清奈の顔は普段の無表情とは違った。

知り合ってから1月経つ僕にしか分からない、少し僕を気にかけてくれたような顔。

「ありがと…よ。よっし……。」

僕は、恐らく好意で差し出してくれた清奈の手を握り立ち上がった。ドッジボールの後なのに清奈の手はサラサラしていて、コットンかシルクかを掴んでいるような心地の良い肌触りだ。

「お前は別に悪くない。あれは私のミス。お前が必死でやってくれたのなら別に私は言うこともない。」

僕の目の前に、そう言ってくれた清奈がいた。

清奈の背丈は僕の肩ほどなのに、僕を片手で引っ張り上げるとはさすがだ。

でもそんなことを一切感じさせない。それほどの、綺麗な姿で。

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