〜第1章〜 日常


[05]朝10時10分


入って来た若い女教師、「大泉響子」がオペラ調の変な歌声で自己紹介をし始めた。まあ音楽教師なんだろう。

「担当教科は〜数学〜」

なんでやねん。数学かよ。ここは誰かツッコんでやれよ。
この先生もウケ狙いでやってるのか?だったらサッサと止めればいいのに。誰も笑えないぞ?

「それでは〜皆さ〜ん。出席番号〜1番から〜自己紹介してね〜〜」

してね。がファルセット(要するに裏声)になった。
こんなハズい空気の中で自己紹介かよ。クラス全員キョトン顔だぞ。
僕は立ち上がって、紋切り型のあいさつをする。

「相沢悠です。よろしくお願いします。」

パチパチと短い拍手が鳴り、さっさと席に座る。
続いて足立、泉、井上、江原、岡村と続いていく。
バッチリさくらちゃんの自己紹介は聞いたが、それ以外は特に聞いていなかった。知ってる奴の自己紹介なんか聞いても面白く無い。窓辺から外を眺めると、桜の花びらが舞い落ちている。この辺りは車も殆んどない。だから空気も清んでいて、風も吹かない。自然がそのまま保たれている。
ひらりと……ふわりと…
コンクリートの道が桃色に染まる。
桜は僕の気持ちを慰めも逆撫でもしない。ただ風にのり散るだけだ。
すると何だろうか。
またふっと駅で見掛けた少女を思い出した。
あの子……今頃は何をしているんだろう?
同じ桜を見ているのかな……。

何言ってるんだろうな。僕は。
まるで――
一目惚れしてしまったみたいじゃないか。


その時だった。
僕の頭の中で、
はっきりとあの子の顔が写った。
凛としたあの子の顔が…。心地の良い清風が全身を通り抜けていく。

そして

急に扉が開いた。
そして入ってきたその少女は……。
あの桜から散り落ちて、命が吹き込まれたかのようだ。その麗しい髪を忘れるはずがない。紛れもなく、今朝の少女だったのだ。
この時、不思議と驚きの感情は無かった。
来る予感がしていたのだ。
「転校生を〜紹介します〜」
「長峰清奈です。イギリスから来ました。よろしく」
教室が騒ぎ始める。
特に男子がそうだ。
そりゃあそうだろう。
あのさくらちゃんに全く退けを取らない美しさだからだ。
だが、さくらちゃんとは決定的に違う所がある。
さくらちゃんがひまわりなら、
長峰清奈という少女はバラだろう。
まさかこんなに近くに可憐な女の子が二人も出来るとは思わなかった。
そして長峰清奈こそが
僕を非日常へと誘った人物なのだった。
春の陽光を浴びる僕。
彼女はその滑らかな髪を流して、ゆっくりと移動する。
長峰清奈と呼ばれた少女は部屋の中央列の前から2番目、空席だったそこに座った。
ちょうど、ふっくんの隣である。

「長峰……清奈さん。俺は福原丈、よろしくな」

ふっくんの野郎、抜け駆けか。
止めていた方がいいのによ。お前のその容姿で女はオトせないって。
ほら、案の定……

「……」

無視されてやがる。
おつかれ、ふっくん。






「いや〜あのさくらちゃんと並ぶ程の美少女がおるとはな〜」
一平が切り出す。
男3人の帰り道。とはいえ絵夢を帰りも付き添ってやらねばならないので、校門までしか一緒にならない。

「俺は……くそ……シカトされた……」
「馬鹿だなお前。ああいうタイプは馴れ馴れしく話しちゃダメなんだよ。一気に距離縮めようとしたら警戒心もたれるだけだっつーの」
「でもな! あいつと仲良くしない手なんかあるか!? 無いだろ? そうだろ? あんな可愛い子が俺の隣に来て座るんだぜ! はー……はー……」

息をきらして力説したか。ていうかそのハァハァは誤解されるから静止を激しく推奨するぜ、ふっくん。
アイツ……遅い。
もう約束の5時をとっくに過ぎてもうすぐ5時30分だぞ?
思えば極度の天然ボケ妹に待ち合わせの約束をするということ自体が愚かだったかもしれない。もしかしたら明日の明朝5時と勘違いしていないだろうな?
僕が絵夢に、正確に午前午後を伝えたかどうか思い出していると。

「やっと来やがった」

遠くから絵夢が走ってきた。

「お兄ちゃ〜ん!」

いきなり抱きついてきて、僕の胸の辺りで頬ずりをする。
いや、あの。
僕を中心とする半径数メートル以内の皆さん。
断じて言うが、
僕はロリコンじゃない!!シスコンでもない!!
その後、妹は荷物を全部教室に置き忘れるというボケをやらかして、僕は呆れながら、妹は笑いながら、教室に戻って家に向かうのだった。

時刻は夕方6時17分…
23分発の帰りの電車を待つ。帰宅ラッシュになるかならないかの時刻だ。すでに電車はかなりの人が乗り込んでいて、椅子も埋まっていた。

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