side story


[08]時を渡るセレナーデA



――2214年――


 ここは太平洋の公海上。
 曇天の空の下に三つの小島が群島としてその姿を見せている。

 その群島から三海里先の沖合に藍色の艦が一隻停泊していた。
 その艦は船尾とその両舷に大型の推進機がある。

 そしてここはその艦のブリッジ。
 計器類が所狭しと並び、五名のクルーが互いに背を向けてそれを操作している。

「各捜索隊に伝達。状況報告をしてください」

 青色の制服を着た女性が、インカム越しにそう言った。

『こちら第一捜索隊。深度1700を通過。異況は確認されません』
『こちら第二捜索隊。深度1500を通過。まだ確認はされていません』
『こちら第三捜索隊。深度1100を通過。目標物は見当たりません』

 ブリッジ内に艦内放送として声が流れた。
 そして、その女性がまたインカムに喋る。

「こちら“うみしお”。引き続き捜索をしてください」

 すると、また艦内放送形式で各捜索隊から「了解」と連絡が入った。

「いやぁ、このまま海底に到達したらどうするんですかねえ? 桜庭副長」
「さあ? サルベージ費用だけでも裏金に流用できるんじゃないのかしら? シャリア君」

 桜庭と呼ばれた先の女性、桜庭梓(あずさ)副艦長は柔らかな笑みをしながら受け流した。

「はっはっは。それがバレたらクビになるぞ?」
「冗談は止してくださいよ、咲子航海士」

 シャリアと呼ばれた機関長、シャリア-グラスゴーは大袈裟に心配したような素振りをした。
 それを見て、咲子と呼ばれた女性航海士、衣川咲子は何が面白いのか肩を震わせてさらに笑った。

「グラスゴー機関長がクビになったら新人の技術員達が泣くよ」
「クックック。だった面白いねえ」

 音響・管制担当の梶原国光は、眼鏡のズレを直しながら呟くように言った。
 制帽を目深にかぶり、無言で艦長席に座っている艦長以外のクルー達は、互いに大爆笑した。

 その時、警報アラートがけたたましく鳴った。

 すぐさま状況を確認する桜庭達。
 そして、梶原が焦りを伴った口調で報告をした。

「深度2800付近で高エネルギー反応!」
「各捜索隊に伝達。全隊緊急浮上! ただちに現場海域より離脱してください」

『こちら第一捜索隊。りょうか……ザッザザー!』
『第一隊、どうした!』

 突如仲間に起こった異変に、戸惑いと驚きが無線で聞こえた。
 だが、すぐに他の仲間からの叱咤の声が電波に飛んで来る。

『第三隊! もたもたするな! この反応は……! グワァァ!』

「第一及び第二捜索隊のシグナルロスト! 第三捜索隊は海域より離脱しました」
「艦長」

 桜庭は素早く後ろを振り返り、艦長を見た。
 制帽を目深にかぶった彼は、短く命じた。

「総員、第一種戦闘配置! アンチダーク部隊出撃!」



◇◆◇◆◇◆◇◆



「それで、何で二日前に起きた爆発事故に俺が呼び出されたんだ?」

 如月耀(よう)は露骨に不機嫌な態度を示した。

「まあいいじゃないか」

 そう言ったのは如月の父、如月慶喜だ。
 彼らは今、科学省の一画の第九会議室にいる。
 そこには白衣を着た男女様々な者達が座席に座っていて、手元の資料を見ながら何かを報告している。

「……以上の点から、今回の事故は人為的でありますが、闇の勢力ではないと思われます」
「また、破損状況から推定して、既存の各国の軍及び武装組織の仕業ではないようです。新興勢力の兵器実験という可能性もあります」

 彼らの報告を聞きながら、如月は眉をひそめた。

 破損状況を示す写真からは、近代兵器による破壊とは思えない箇所が幾つか存在する。

 だが、何があっても二、三日は必ず残留する魔力反応は検知されていないため、闇の勢力の関与はまずない。
 そうだとしても、この破壊は魔法でしか行えない。
 如月は、新たな魔法勢力の攻撃だと内心で結論付けた。
 それよりも、彼にはやらなければならない事が一つある。

 机上の時計をチラリと見る。

 既に時刻は16時を過ぎていた。

 慶喜はそんな息子の落ち着きのなさに、口許がほくそ笑んでいる。
 もちろん、他人には分からないように資料の紙束で隠しているが。

「なるほど」

 一通りの報告を聞き終えて、慶喜が咳払いをした。
 先ほどまでのニヤけぶりは消え、真剣な雰囲気が滲み出ている。

「だが、新興勢力の攻撃と考えるのは難しい。メインの推進機を一発で撃つほどのプロだ。魔法でシューティングした可能性が高い。………よし、今日の会議は以上で終わる」

「「「はっ!」」」

 白衣の男女達は一斉に起立し頭をさげると、会議室から一斉に出て行った。

「じゃあ、帰らせてもらうよ、父さん」
「ああ。早く嫁に無事な姿でも見せてやれ」
「………誰がいつ結婚したんだか。まったく」

 如月は、バカバカしいと言わんばかりの視線を慶喜に送った。
 それでも慶喜はニヤニヤと笑っている。

「とにかく先に帰ってるよ」
「分かった。たぶん今日は缶詰だ」
「じゃ、18時頃に着替え持って来るよ」
「ああ、すまないな」

 彼らは会議室を出ると、慶喜は左へ、如月は右へと歩き出した。
 そして階段を利用して、一、二階が吹き抜けのエントランスホールに足を踏み入れる。

 正面入口にあたる壁は、全面がガラスで、これ以上にないくらい日光が差し込んでいる。

 少し眩しいと思いつつも、そのまま外へ足を向けた。
 直後、熱波のように気怠い暑さが身を包む。
 街路樹には蝉が最盛期を迎えているのか、騒音にしかならない合唱が響き、道行く人の額からは汗が滝のように流れている。
 温度変化には強い如月にとって、これくらいの暑さは何ともない。

 やはり自分は特殊なのか。

 そう思いながら、一人の少女が脳裏に浮かんだ。

 ヴェリシル・ネルフェニビア。

 この世界ではない、もう一つの世界から来たという、ネコが擬人化したような少女。

 今、彼女の世界は闇の組織または闇の勢力と呼ばれる魔導師の集団によって脅威にさらされている。
 しかもその集団はこちら側の世界をも席巻しようと目論んでいるというのだ。
 だから彼女と出会った如月は、守りたい人を守るために武器を手にした。それも、何者をも殺さないという信念を曲げてまでして。

 日々迫る危機と戦う如月とネルフェニビアだが、この暑さでは彼女もバテているだろう。と思い如月は、かき氷でも買おうかと考える。
 しかしその考えをあっさりと否定した。

 理由は明白である。

 自分が居を構えるマンションの一室まで来ると、鍵穴に鍵を差し込み、暗証番号を入力した。
 如月は無言のまま扉を開ける。
 すると冬に吹くような風が漂って来た。
 靴を脱ぎ、室内に上がると、真っ先にリビングへ向かう。
 予想通りだった。
 如月は、テーブルの上に置いてあったリモコンを操作する。
 すると、ソファのほうから悲鳴にも聞こえる苦情が寄せられた。

「耀君、止めないでください〜」
「馬鹿者。電力の無駄だ。それに環境への負荷も大きいんだぞ」
「ふにゅう……。けちぃ………」

 獣の耳に、獣の尻尾を生やした少女は、頬を膨らませた。

「ケチではない。科学という力を持った人間の義務だ」
「私は魔法使いですっ!」

 人間扱いにされて怒ったのか、少女は語気を強くさせながら言った。
 如月は、本日二度目のバカバカしいと言わんばかりの視線を送る。

「その恩恵に預かっているのは、どこの魔導師だ?」
「うぅ……それは、その…」
「その恩恵に預かるなら、しっかりと対価は払ってもらうからな」

 厳しい指摘にたじろぐネルフェニビアに対して、如月はやれやれといった表情を見せた。
 本当は電気代を無駄にしたくないだけなのだが。

「むぅ。不純な動機ですね?」
「………何がだ」

 まさか考えを読まれたか。

 如月は動揺を内に抑えながら言い返した。

「耀君はまだまだ子供ですね」

 ネルフェニビアは、口を尖らせながら言った。

 心を読まれたのは気のせいに違いない。

「当たり前だ。俺はまだまだひよっこの青二才。修羅場をくぐり抜けて来たネルとは雲泥の差だ」
「おや? 珍しく謙遜ですね」

 本当に驚いたらしく、ネルフェニビアは少し口が開いている。

 如月はやはり無表情で、

「18時頃、父上に着替えを届ける。来たければ来い」
「あー、照れてますね?」
「アストラル、お前の能力について聞きたい事が……」
「ちょっと! 無視は酷いです!」

 ネルフェニビアからの苦情を一切受け付けない如月。
 この後、ネルフェニビアとの特訓で、たっぷり可愛がられた事は言うまでもない。




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