side story


[16]時を渡るセレナーデI



 清奈にこってりと絞られた悠は、如月とともに先に部屋に戻っていた。


「災難だったな」


 相変わらずの冷静な口調で言う如月だが、今の悠には責めたてる口調にしか感じられない。


「あれは事故だったんだ………本当なら生足見るだけで自分の下着を回収するだけだったのに…………」


 二つあるベッドのうち一つを完全に占有しながら悠はくどくどと呟いている。
 一方如月はもう一つのベッドの上に大きな藁半紙を広げ、マグナムを分解していた。
 銃身から回転弾倉を取り出すと、専用の道具で丁寧に弾倉を吹き始める。


「相沢悠。先の一件で気に病む必要はない。人の意図せぬ場所で起こるのが事故だ」

『そうだ。何も自分を責める必要はない。だが、迷惑をかけた以上は謝らねばなるまい』

「如月君、アストラル………」


 如月とアストラルの助言に、悠の目には感謝の涙が溜まっていた。


「とかく言えた立場ではないから、特に責める気はない。もとい、元からその気はない。ところで、お前の拳銃は整備しないのか?」

「え? あ、うん。どうだろうね」


 いきなりの質問に、愛想笑いをしてたじろぐ悠。
 すぐさまパルスに助け船を求めた。


『魔力が弾丸なので整備の必要はあまりありません。ただ、汚れが目立つなら整備はしたほうが良いでしょう』


 そう言われて悠はライボルトの様子を思い浮かべた。
 確かに汚れているかもしれない。


「じゃあ整備しようかな。如月君、整備の仕方教えてくれないかな?」

「ああ。いいぞ」


 この後、悠は如月にみっちりと指導されたそうだ。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 一方こちらは大浴場。
 湯船に湯煙が漂う中、そこに三つの人影があった。


「はうぁ〜。癒されますねぇ」


 ネルフェニビアはほんわかした表情を見せて言った。
 相当リラックスしているのだろう。その証拠に彼女の獣耳は完全に垂れ下がっている。
 対して清奈は憮然とした顔をしていた。
 そこに、間延びしたようなハレンの声が飛び込んだ。


「先輩〜。今くらいはリラックスしたほうが良いですよ?」

「そんな事できるわけないじゃない」

「まだ気にしてるんですか? こうしてのんびりしてる時くらいは忘れましょうよ」


 しかし清奈はムスッとしたままだ。
 胸中に暗雲たるどんよりとしたものが渦巻いているのが分かる。
 だが心のどこかで、それでいいのかと言う自分がいる。
 自分にとって、どちらが最良の選択肢かが分からない。
 すると、ハレンの声がまた浴場内に響いた。


「そういえば如月君って、彼女いるんでしょうか?」

「え? えーっとですねぇ、いない……と思います………」


 ネルフェニビアの声が掠れたのは、恥ずかしいからなのか。
 そんな彼女を見て、ハレンがくすくすと笑った。


「如月君がそんなに好きなんですね」

「え……そ、そんな…違い、ますよ」


 顔を真っ赤にさせながらも否定するネルフェニビア。
 だがハレンはさらなる爆弾を落とした。


「へぇー……って事は先輩にもまだチャンスがありますね」


 直後、和みムードが一変した。
 ニコニコして言うハレンに対し、ネルフェニビアと清奈は固まっている。


「な、何を馬鹿な事を言ってるのよ」


 普段のポーカーフェイスからは想像できないくらい動揺を露にする清奈。
 ネルフェニビアに至っては、


「せ、清ちゃんが耀君を………そんな……耀君が…………」


 絶望の縁に立たされたような顔をして繰り返し同じ言葉を呟いている。


「あ、あれ? 違ってたでしょうか? 先輩、時々如月君を見てたのに?」


 ようやくこの雰囲気に気がついたのか、かなり慌てながらハレンが尋ねる。
 清奈は顔を真っ赤にさせたまま、


「あったり前でしょ! 馬鹿な事を言わないでよ!」


 外にも聞こえそうなくらい大声で一喝した。


「うぅ。すみません」


 ハレンが首を縮こまらせて小さく謝った。


 まったく、なんであんないつも不機嫌そうな顔をした男が好きだと言われるのか不愉快でたまらない。

 確かに如月を事あるごとに見ていたのは事実だ。
 しかしながら、それは色恋沙汰が動機の行動ではないと信じている。
 如月から出る雰囲気が清奈の注意を引いていた。
 ただそれだけの事なのだ。
 だが、それと同時に悠の事も考えてしまうのも、否定すれば嘘になる。

 決して恋心ではないと意識する自分でも説明不能な事態に、清奈は自己嫌悪してしまいそうだった。
 その時たまたまなのか、それとも察したのか、ネルフェニビアが立ち上がった。


「そろそろのぼせますから上がりましょうか」





◇◆◇◆◇◆◇◆





「掃除は上出来だった。明日試し撃ちをしてみよう」


 道具を片付け終わり、濡れた手を拭きながら如月は言った。
 悠は少し悩んでから、ゆっくりと言葉を返す。


「試し撃ち………でも、ライボルトは実弾じゃないから」

『その点は心配ない。我らも魔力だ』


 アストラルが相変わらずの重厚な口調で言った。
 如月もそれに同調する。


「ああ。それにここの施設はちゃんと対応している。実戦訓練も可能だ」

「へぇ。そうなんだ」


 悠は感心したように呟いた。
 そして悠がさらに何か言おうとした時、扉が開き、清奈達が入って来た。


「ふぅ。やっぱりお風呂は良いですね」

「そうね」

「もー、先輩はもう少しリラックスしましょうよ」

「私は充分に疲れをとった。口調は普段からこれだからしょうがないわ」


 どこぞの温泉宿のように浴衣姿をしたネルフェニビア達が、ほかほかと湯気を身体から出しつつ入って来た。
 それと同時に如月と悠はベッドの向かい側にあるソファへと移動した。


「耀君は何をしていたんですか?」

「マグナムの整備だ。それと明日は模擬戦をする。各自武器は調整しておけ」


 如月は壁際のコンソールで空調機器の操作をしながらそう言った。
 悠は先の一件のためにか、肩身が狭そうにソファの端に座っている。


『どうしよう、パルス』


 清奈の殺気じみた視線に耐え切れず、パルスに助けを求める悠。


『………許してもらうまで謝るしかないでしょう。事故とはいえ悠が悪いのですから』

『あぁ………結局そうなるのか』


 心の中で、ガクッとうなだれる悠。
 そんな彼の隣に、如月がソファに腰を掛けた。
 そして悠だけに聞こえるように呟く。


「今夜一時、屋上に来い。中央階段を使え」


 悠はポカンとした表情で如月の顔を見た。
 直後、ハッとして小さく頷く。
 その時ネルフェニビアがタイミングよくある事を言った。


「寝る場所はどうしましょうか?」

「ああ。ベッドの位置をずらして、一つにすれば四人は寝れる。一人はソファだな」


 悠との会話中にネルフェニビアの耳が動いたのを敢えて見逃した如月は、チラリと悠を見て言った。
 だが悠はパルスと話しているらしく全く気付いていない。


「クジ引きで決めましょうか?」


 とハレンが提案した。
 すると清奈がやや厳しい口調で一言。


「悠はソファ確定よ。あの変態は何をするか分かったものではないわ」

「そうか。相沢悠、それでいいな?」


 いきなりの質問に悠は驚いてキョトンとしていたが、すぐに状況を掴むと、


「あー、うん。まあ、しょうがないからそれでいいよ」


 愛想笑いを浮かべながら言った。


 やはり清奈の視線が恐い。

 悠は背中から嫌な汗が吹き出るのを感じざるを得なかった。


「じゃあ後はクジ引きですね」


 そう言ってネルフェニビアが出したのは、いつ用意したのか分からないあみだクジである。


「じゃあ、ここが清ちゃんで、ここは耀君で…………できた!」

「ちょっと待て」

「あ、明らかにおかしいです」

「あみだくじの製作者が勝手に位置を決めてどうするのよ」


 その後、苦情が無視されあみだクジの結果が発表されたのだが、その結果に不正があったとしてやり直しが三回繰り返されたらしい。
 そして、十一時となり自動的に消灯され、時刻は深夜零時を回った。


「…………なんでこういう展開になる」


 如月は半分憎しみがこもった口調で呟いた。
 左にはネルフェニビアが、右には清奈が、そして清奈の隣にハレンが横になっている。
 まさに両手に花というやつだが、間違いなくネルフェニビアの仕業である。
 馬鹿馬鹿しいにもほどがある、と思う如月。
 さらに言えば、彼が危惧している事態があった。


「ん……ぅん………」


 ネルフェニビアが寝言を言いながら寝返りをうった。
 如月の方向に対して。


「またか………」


 如月は溜め息をつかざるを得なかった。


 危惧していた事態とはまさにこれ。
 ネルフェニビアの明らかにわざととしか思えない寝相の悪さである。
 おまけに自分の右腕を如月の左腕に絡み付かせてきた。
 その時腕に押し当てられた柔らかな感触に、心臓が飛び跳ねるくらい驚いた。
 だがここで自分が動くというのは負けを認めている気がするので動きたくない。
 精神の統一をしろと自分に言い聞かせて、約束の時間まで耐え切ろうとする如月。

 しかし苦難はいつも肝心な時に降り懸かるものだ。
 ネルフェニビアが身動ぎをしたと思ったら、今度は吐息が完全に感じられる位置までさらに身体を密着させてきた。
 如月は自分の心臓が激しく鼓動しているのが分かった。 そして必死に精神統一をして抑え込もうとする。


 時に、チラリと悠を見る。

 悠は静かに寝ていた。
 あの様子からして狸寝入りではないのは如月にはよく分かる。
 すると、むくりと人の動く気配がした。
 如月は左腕から感触がなくなったので、ネルフェニビアがトイレにでも行ったのだろうと思い、胸中で安堵した。
 よもやそれが間違いだったとは誰も思うまい。


「耀君…………」


 と呟いてネルフェニビアが如月の上に倒れかかって来た時の彼の驚き様は尋常でなかった。
 ネルフェニビアは如月の上に身体を乗せているので、必然的に互いの身体同士が密着してしまう。

 ネルフェニビアから薫る自然な甘い香りが、如月の鼻孔を通じて理性を刺激する。
 そして密着した身体から直に伝わる体温や彼女の柔らかさが相俟って、如月の理性は崩壊寸前にまでパニック状態に陥った。


 刹那、肩に鋭い痛みが走る。

 ネルフェニビアの頭が丁度右肩にあるので、恐らく肩に噛み付いたのだろう。
 その痛みが如月を現実に引き戻した。

 直後、別な気配がした。


 悠だ。

 この状況がバレなければ良いのだが、と如月は思わず願った。
 幸運にも、悠は少し欠伸しながら如月達に目もくれず外へ出て行った。
 時間を確認すると、もう一時間近である。
 如月は、尻尾を時折嬉しそうに振る相方の頭に軽くチョップすると、


「あぁん……耀君……お願い、もっと………」


 妖艶な口調でネルフェニビアが言った。
 どんな夢を見ているかは分からないが、自分にはきっと迷惑な夢に違いない。


 可愛いくせして悪魔だ。

 如月の頭は色々な考えや感情が混濁しているが、それだけははっきりと認識できた。
 そしてある考えが彼の頭に浮かんだ。


「アストラル。これを邪魔だからどかしてくれ」

『愚か者が。今更それに気付いたか』


 如月だけに聞こえるようアストラルが言うと、ネルフェニビアの身体がフッと空中に浮かんだ。
 その隙に如月はベッドから抜け出る。
 直後、ネルフェニビアの身体がベッドへと下ろされた。


「これだからネルと寝るのは困る」


 如月はマグナムの弾倉を確認すると、腰のベルトに挟んだ。
 弾倉には鈍く光る銀色の弾丸が込められていた。




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