side story


[17]時を渡るセレナーデJ



 屋上は予想していたよりも風は強くなかった。
 ヘリコプターが着陸するために点灯しているライトのおかげで足元はそれほど暗くはない。

 唯一心許無いのはヘェンスで囲まれていない事だろう。

 悠は下を見る事が恐くて屋上の中央で立ち止まった。

「如月君、何のために呼んだんだろう」
『闇の勢力と戦う時に備えての特訓か、それとも……』

 パルスも何事かと図りかねている。

 悠は呼び出されそうな理由がないか考えてみた。


 そこではたと気付く。

 本人は否定していたが、こんな真夜中に呼ばれる理由は一つしかない。

「まさか、如月君意外と怒ってるんじゃ……」

 そう思えば思うほどそれは確信へと変わっていく。


 最初は清奈との和解のきっかけを作ってくれたのかと思っていた。

 しかしそのためなら何も屋上へ呼び出す必要はない。

 これは決闘か、もしくは復讐というやつではないのか。


 悠の顔が青ざめた。

 ついに昇天する機会を得てしまったのだと。

『大丈夫です。例え悠が危険にさらされても私が助けます』
「パルス………」

 パルスの力強い言葉に悠は目に涙を浮かべた。

 そして、自動車の喧騒が少し遠く聞こえる中、その時がやって来た。

「遅れてすまない」

 如月の声が背後から聞こえた。

「如月、君」

 悠はゆっくりと振り返る。
 彼が目にしたのは、如月の黒いコート。

 真夏の夜にはあまりにも似合わないそれは、悠にとって死を意味していた。

「如月も、怒ってるんだよね?」
「ああ。残念ながら、な」

 如月の口調や表情はいつものそれだったが、悠は悲しげな表情をした。

「やっぱりそうなんだ」
「そうだ。だからお前達をここに呼んだ」

 如月の左手が腰に回される。
 悠はパルスに呼び掛けた。

『パルス、バトルモード移行』

 直後、白い輝きに悠が包まれ、それが収まると青い目に純白のコートを纏った彼がいた。


 手に持つのは銀色に輝く拳銃ライボルト。

「いい度胸だ」
「どういたしまして」

 ライボルトを持つ右手が自然と強く握られた。

 尋常ならざる雰囲気がこの場を支配する。

 悠の瞳を見据えていた如月の目線が彼から外された。
 そして悠に意外な一言を投げ掛ける。

「その覚悟があるならいいだろう。長峰清奈、来い」
「え?」

 如月の本当に思いがけない一言に、悠は目が点になるくらい驚いた。

 すると、扉をゆっくりと開けて少女が悠のもとへ歩み寄った。

「アストラル」
『うむ』

 如月の呼び掛けにアストラルが応じると、マグナムが長距離狙撃用のロングバレルのライフルに姿を変えた。

「階段の屋根の上で待機している」

 如月はそう言うとライフルスコープに目を押し当て、周囲の警戒を始めた。

 頃合を見計らって、まず清奈が口を開く。

「それで、話って何?」
「え? ああ、うん。えーっとね……」

 悠は言葉に迷いながらも、いや、正確には状況に混乱しつつも如月を恨んだ。


 時間を指定したのが何故か自分になっている。
 清奈に言われた直後、確かに如月を恨んだ。

 だがその一方でこうして機会を作ってくれた事に感謝している自分がいた。

 だからはっきりと言おうと彼は決意する。

「ごめん、清奈」
「……………」

 沈黙が嫌で悠は続ける。

「言い訳になるかもしれないけど、本当は置き忘れた下着を取りに入っただけなんだ。けど、本当にごめん」

 清奈の顔を見るのが怖いからか、本心から謝っているからか、悠は深々と頭を下げた。

 二人の間を無言の夜風が通り吹いた。

「…………いいわよ。私はもう気にしてないから」
「え?」

 悠は一瞬自分の耳を疑った。

 そして面を上げる。

「別にいいって言ってるの。あれは事故なのだから仕方がないわ」

 清奈は明後日の方向を見ながらそんな事を言った。
 悠はその意外すぎる行動に信じられずにいた。


 あの清奈が少し赤面している。

「あ、ありがとう……」

 驚きのあまり、言葉が途切れかけたが悠は礼を言った。
 途端清奈は赤ら顔になり口調が早口で荒っぽくなる。

「分かったなら早く寝る。明日も早いんだから」
「あ、うん。じゃあ先に行ってるよ」

 このままもう少し清奈と一緒にいたかったが、そんな事を言い出せば本当に怒ると思い悠は素直に従った。
 悠が扉の引き手に手を掛けた時、清奈が引き止めるように声を掛けた。

「悠」
「なに? 清奈」

 悠は立ち止まり、振り返る。

「おやすみ」

 一瞬、そのクールな顔がぶっきらぼうにもほころんだように見えた。
 悠もニコリとして言い返す。

「うん。おやすみ、清奈」

 扉が開かれ、悠はその奥へと進んで行った。

 ガコン。と扉が閉まる。

「あれで良かったのか?」
 いつの間にか出入り口の小屋の屋根から降りて来た如月が言った。
「構わないわ。今は余計な感情に浸っている場合じゃないわ」

 清奈の口調は普段の冷静なそれに戻っていた。

「それよりも」

 そして彼女の周囲の空気が少しざわついた。


 刹那。

「隠している事を教えなさい」

 瞬間的な動作で如月との間合いを詰めた清奈の手には刀が握られていた。
 それは如月の喉元に突き付けられている。

 如月の外見や雰囲気からは動揺の色は見られない。
 むしろ冷酷な色を見せる彼の目は、雷の姫君を見下している。

「だとしたらどうした。お前達も隠しているだろう」
「あくまでもフェアにしたいのね」

 清奈の周囲からバチバチと音が聞こえ始める。

 如月の目が細くなった。

「電気……あの黒髪の姫を思い出すな。まあ、奴は復讐者だったが」
「何をごちゃごちゃと……!」

 刀を握る清奈の手に、さらに力が込められた。

「やるなら全力で来い。ここなら邪魔は入らない」

 如月の口許が歪んだ。

「油断は負けを意味する」

 直後清奈の背後から弾丸の飛翔音が聞こえた。

「ちっ!」

 清奈が振り返るや否や、着弾と同時に爆風が生じた。
 如月は素早く間合いを開け、ライフルをマグナムへ変換させる。

「熱源探知開始」

 彼の左目の前に薄くて半透明な緑色の液晶型サーチアイが現れた。
 それを通して見える風景には、サーモグラフィで映したようなそれが現れている。

「オクティックバスター!」

 如月の周囲に八発の魔導弾が発生する。
 直後、清奈が爆煙の中から上空へ飛び出た。

「ハァァアァ!」

 電気を帯びた刀が弧を描きながら如月へと落とされる。
 それに対して如月は躊躇せずに引き金を引いた。

「ファイア!」

 六発の魔導弾が一斉に発射された。
 それらは狙いを一点に収束する。

「ライトニングブレード!」

 清奈は刀を横に構えると、一閃した。

 すると刀から、振られた時の刃の軌跡に従って衝撃波が拡散した。
 それは波状となって如月のいる屋上のコンクリートをえぐる。

 如月はコンクリートの上を転がり、立て続けに2発マグナムを撃つ。

「さすがはタイムトラベラー。破壊力も抜群だ」

 とすぐに立ち上がった。

 屋上に降り立った清奈が如月に刀の切っ先を突き付けた。

「フェルミ、一撃で決めるわよ」
『承知』

 直後如月が不敵な笑みを浮かべた。

「なら受け止めよう。アストラル、手出しは無用だ」
『いいだろう』

 再び清奈の周囲に電気が集まり始めた。
 今度は一点に電気が収束している。


 刀の切っ先。

 清奈は刀を右肩まで持ち上げ、刃先を如月に向ける。

 一方如月はマグナムを持つ両腕を下ろした状態にしている。


 一陣の風が、対峙する二人の間を素早く抜けた。

「来い」


 刹那。


「フォルトレスライトニング!」

 清奈が構えたまま猛然と突撃し、これまでにない巨大な爆発が起こった。
 粉々になったコンクリート片は数百メートル先にあった科学省の給水塔を穿ち、水が滝のように溢れ出始める。
 屋上には爆発による白煙がまだ取り巻いていた。

 強風が吹き、白煙がゆっくりと薄くなって行く。
 そこに二人の人影が重なって見えた。

「あの至近距離で、なかなかの威力だな」
「如月こそ、まさか受け止めるとは思ってもなかったわ」

 視界が完全に晴れて、彼らの様子がようやく分かり始めた。

 清奈の刀は如月のマグナムの銃身に受け止められていた。
 しかしその鈍い銀色をたたえる銃身には傷一つない。

「いわゆる魔法障壁だ。ここまで戦えたのは久しぶりだぞ」

 如月はニヤリと不敵な笑みを見せた。

 彼の額には汗が浮かび、相当余裕がない事を暗に示している。

 だが、それは清奈も同じだった。
 度重なる近接戦闘により制服はボロボロになっている。

「そう。褒め言葉として受け取っておくわ」

 清奈はそう言うと、一歩後ろに飛んだ。

 如月は肩で息をしながらマグナムを構える。


 限界に近付いているが、油断した瞬間殺される。

 幾度となく修羅場をくぐり抜けて来たからこそ分かる雰囲気だった。

 清奈は刀を上段に構えると、目を閉じた。
 そして、フッと風が吹いた。

「今日はもう止めておくわ」

 いつの間にか刀をどこかにしまったようだ。
 清奈はそう言うと、如月を見据えた。

「……そうか」

 少しの沈黙の後、如月はマグナムを腰のベルトに挟んだ。
 そして、屋上へ来る時に利用した小屋の手前の階段に腰をかける。

「少し休まないか?」

 怪訝な顔をする清奈に、さっきまでの事など忘れたかのような提案が投げ掛けられた。




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