第三章 迷い〜そして戦場へ〜


[06]第四二話



 ここは科学省の外局、総合医療研究病院。通称、総研院である。


 オベリスクのような形をした近代的な高層ビルが、あたかも白い巨塔のように建っている。




 そして、如月はその建物の二四階にいた。



 彼の目の前には、様々な生命維持装置に繋がれた剛田がいる。



 外部との接触を避けるための透明なビニルカーテンは、まるで生と死の境界線を表しているようだ。



 規則的な電子音の他は何も聞こえない。



 如月は、手にしていた花束を脇の机に静かに置いた。


「俺が、未熟だったばかりに……すまない!」


 勢いをつけて深く頭を下げる如月。




 そして懺悔の言葉がつがれる。


「未熟ゆえに自分を御する事ができなかった。だが、未熟だからこそお前の命まで奪わずにすんだのかもしれない。皮肉なものだ。己が愚かさに足下をすくわれるとはな。どんなに謝ろうと、この罪が消える事がないのは分かっている。だから、今度こんな事が起きたら、決して同じ過ちは犯さない。早く、元気になってくれ。家族や友達が待ちわびている」


 如月はそう言うと、静かに集中治療室から退出した。



 通路の傍らに控えていた慶喜が、如月の歩調に合わせるように歩き始めた。


「見舞いはすんだのか」

「はい。二度と、同じ轍は踏むまいと……」

「………精進したようだな」


 如月の言葉に少し驚いた様子を見せたが、慶喜は穏やかな顔をして言った。




 一行は病院を出ると、スモークガラスの黒い乗用車に乗り込んだ。


「今、タスクフォースとARFが戦闘中だ。敵は魔導部隊。長期戦になるやもしれん」


 運転しながら慶喜は、如月に詳細が記された紙を手渡した。


「本部勤務のタスクフォースを応援に出す予定だ。場合によっては、艦砲射撃も辞さない構えらしい」

「本部長の考え、ですか?」

「いや、副本部長だ」


 紙を手にする如月の指がピクリと動いた。




 コードネーム、タナトス。



 タスクフォース副本部長であるその人物は、何を考えているのかよく分からない不気味な人物だ。



 如月が思うに、あれは人間ではない何か……つまり、自分と同じ理(ことわり)から外れた者なのかもしれない。


 しかし、そうであっても馴れ合うつもりはない。



 あの男とは、決して相容れない関係なのだから。


「副本部長がどう騒ごうとも、最終決定は儂と本部長だ。勝手な真似はさせん。お前は気にするな」

「…………はい」


 慶喜の気遣いに、如月は胸の内で感謝した。




 血は繋がっていないが、やはり自分の父親なのだという温かな感触が、胸に染み入った。




 その時、乗用車に備え付けの通信機器から通信が入った。


『魔導部隊が航空戦力を投入しました。現在、加治とセイランが処理中です』


 空中に現れたディスプレイに、いつもに増して仏頂面のキサラの顔が映った。


「………敵は防衛システムの無効化が目的か?」

『分かりません。ですが、我々が劣勢なのに変わりありません。下手をすれば長期戦かと』


 渋い顔をして悩む慶喜の問いに、キサラは仏頂面を崩さず答えた。




 両者が、敵の思惑を図りかねている時、


「囮だ」


 如月が呟いた。


「何?」

『敵の航空戦力は、兵力四十から七十です。囮にして大規模かと………』


 慶喜もキサラも、如月の発言に戸惑っているようだった。



 だが、如月は自信を持った口調で言う。


「航空戦力はあくまでも、我々の主力である二人を引きつける事です。その隙に、島の北壁から奇襲を仕掛けるつもりです」

「なっ………!」

『…た、確かに岩壁をくりぬいてできたあの遺跡の背後は険しい岩山です。しかし、それではまともに進軍できるはずが……』

「できますよ。敵は魔導部隊。多少の難所ではびくともしません」


 如月がそう断言した時、アラートを示すディスプレイが現れた。


「む。何事だ」

『敵が、南進をしていた敵が、遺跡外郭部で防衛班と接触しました………』


 キサラの言葉に、慶喜は驚いて開いた口が塞がらなかった。



 如月は、やはりという顔をしている。


「すぐに潜水艦二隻を出撃。今そっちへ向かう」

『了解しました。なるべく、急いでください』


 キサラがそう言うと、通信ディスプレイが閉じた。



 アラートを示すディスプレイもすでに閉じられている。


「父さん、俺はヘリで現場に向かう」

「分かった」


 慶喜は頷くと、アクセルを思いっ切り踏んだ。




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