機動戦艦雪風


[02]マレーの虎


真珠湾奇襲より遡ること数時間。
日本軍は蘭印(オランダ領インド、現インドネシア)にある資源地帯の占領を目的に南進し、マレー領コタバルに陸軍第25軍を上陸させ、その護衛に重巡「鳥海」を旗艦とする小沢冶三郎中将率いる南遣艦隊と第二艦隊が護衛にあたった。
同じ頃、英国は新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と、巡洋戦艦「レパルス」、護衛の駆逐艦4隻からなるZ部隊をシンガポールへ派遣していた。そして日本軍の侵攻の報告を受けた司令長官トーマス・フィリップス中将は直ちにシンガポールを出港した。

そして12月9日、日本軍の哨戒潜水艦「伊号第65」がマレー半島東方沖でZ部隊を発見。上陸部隊の援護にあたっていた小沢中将は、サイゴンに司令部を置く第十一航空艦隊所属の海軍第二十二航空部隊司令官、松永貞市少将にZ部隊への攻撃を下命。自身の南遣艦隊も会敵予想地点へ南下した。
そして午後7時15分、松永少将が送った策敵機がZ部隊を発見。会敵。

松永は一式陸上攻撃機(一式陸攻)53機を三波に分けて発進させた。その第二波の一式陸攻の中に、鮮やかな空水色の一式陸攻の姿があった。
その一式陸攻のパイロットはキャノピー越しに親指を立てる。
「やっときたわね。この時が。」
小さく呟いたその声は、紛れもなく少女の声だった。
「久寿川きらら、発艦!」
空水色の一式陸攻が空に舞う。そして索敵機が放った投光弾がZ部隊を夕闇に映し出した。
「敵機はっけーん!全機続けっ」
きららの号令に数機の一式陸攻がレパルスに突進する。レパルスは弾幕を張り、一式陸攻を近づけまいと応戦する。
だが素早い一式陸攻はそれをかわし、対艦爆弾を投下する。爆弾はレパルスの左舷前方に命中。レパルスの機銃座が炎上する。
「一気に決めちゃうよ!!」
弾幕の薄くなった左舷から、きららの一式陸攻が突っ込む。だがきららの一式陸攻のすぐ脇を、弾丸が高速でかすめた。
「きゃっ!?」
きららは直撃を免れるも、きららに続いた一式陸攻の一機が翼を撃ち抜かれ、黒煙を上げながら真っ黒い海へ墜ちていく。
「吉永!!」
きららが叫ぶ。
だが間髪入れずに二発、三発と、巨大な鉛の塊が空を切る。それはプリンス・オブ・ウェールズから放たれたものだった。
「撃ち落せ!航空機ごときにこの艦は墜とせん!」
プリンス・オブ・ウェールズ艦長、トーマス・フィリップスが叫ぶ。そしてさらに数発、プリンス・オブ・ウェールズの主砲が放たれる。
きららは一式陸攻を人型に変形させ、身をよじり弾丸をかわす。
「っにゃろぉう!」
きららは一式陸攻を航空機型に変形させると、フルスロットルでプリンス・オブ・ウェールズに突貫する。
「久寿川兵曹長!?」
「そっちは第三波に任せる!あたしらは敵旗艦を墜とすわよ!」

「第二派もこちらに…このプリンス・オブ・ウェールズを墜とすつもりか。」
フィリップス艦長はニヤリ、と口角を吊り上げる。
「主砲一斉射!黄色いサル共をサメの餌にしてくれるわ!!」
プリンス・オブ・ウェールズから弾丸が放たれる。機銃の弾幕も厚く、一式陸攻隊はプリンス・オブ・ウェールズに取り付けないでいた。そこに、空水色の一式陸攻が高速で迫ってきた。
「どけどけどけどけー!」
「久寿川兵曹長?」
「あんたたちは機銃座を墜として!あたしは…」
そう言うときららは機首を真上に向け、ソニックブームを引き連れて上空に消える。残された一式陸攻隊は戸惑いながらも、弾幕を掻い潜り対艦爆弾と魚雷を投下する。
そして弾幕を潜り抜けた対艦爆弾がプリンス・オブ・ウェールズの甲板に直撃する。その衝撃に艦橋のクルー達は激しく揺さぶられる。
「くっ…ダメージコントロール!消火急げ!」
「艦長!…エレクトラとエクスプレスが敵機の猛攻をうけています!このままでは…」
管制官が言い終わる前に、エレクトラは爆音と轟音をあげ、右舷から漆黒の海に沈んでいった。
「エレクトラ、中破!エクスプレス、作戦行動不能…」
「バカな…」
フィリップス艦長はよろよろと立ち上がり、黒煙を上げるエクスプレスを見遣った。そこに、エレクトラとエクスプレスを墜とした第一波の一式陸攻隊がプリンス・オブ・ウェールズに機首を向ける。
「敵機第一波、転進!」
「レ…レパルスを前に出せ!この艦は…プリンス・オブ・ウェールズだけは墜とさせるな!!」
だが第三波に取り付かれたレパルスは既に戦闘能力を失っていた。そして数機の人型の一式陸攻がレパルスの甲板に降り立ち、翼に固定された対艦刀を引き抜き、ブリッジをなぎ払う。
そしてレパルスは轟音を響かせながら、ゆっくりと沈んでいく。
「…レパルス、沈黙…」
「な…バカな…」
「バカじゃないわよ!」
プリンス・オブ・ウェールズの遥か上空、分厚い黒雲を切り裂いて、空水色の一式陸攻が対艦刀を振りかざしながら、高速で滑空してくる。そして、音も無く、巨大な刃がプリンス・オブ・ウェールズを真っ二つに切り裂く。
「こ…こんなことがあああぁぁぁぁ―」


「久寿川兵曹長、入ります。」
作戦終了後、きららは松永に呼び出されていた。
「敵旗艦の撃墜、見事だった。」
「ありがとうございます。」
「そんな貴様に辞令が届いた。まだ正式な書類ではないが、至急佐世保まで来い、とのことだ。」
「佐世保、でありますか?」
きららは手渡された書類に目を遣る。
「第一三独立機動艦隊―戦艦雪風…」
「方々の部隊のエリートの中から選出された、特一級エリート部隊だそうだ。光栄に思え。」
きららは視線を松永に戻し、姿勢を正し敬礼する。
「久寿川きらら兵曹長、拝命、賜りました。」

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