暴走堕天使エンジェルキャリアー


[09]束の間の休息


電車の窓から見える景色はゆっくりと流れていた。ただ、すぐ目の前にある荒廃した景色は、まるで車窓の視線から逃れるように、足早に過ぎ去っていく。
やがて電車はひとつの駅に停まり、数人の人影がホームに降りる。そのまばらな人影の中に、九十九と長門の姿があった。
「オフったってたいしてやること無いな。」
「施設でダレてても体に毒ですから。訓練も整備も大事ですけど、人間、太陽を浴びないと腐っちゃいますよ。」
「まぁ…そうだけどさ。」
二人は改札を抜け、途中で漫才師の様なやりとりをしながら繁華街へ向かう。
かつては多くの人で溢れた往来も、今ではその活気を失いつつあった。それでも人々は生きる限り、街を潤そうと必死になっていた。
「ほら、これ!限定復刻の1/350大和ですよ!うわぁ、木製と鉄製甲板のコンパチだって!あ、赤城に加賀、飛龍の真珠湾攻撃戦セット!いいなぁ。」
長門の希望で立ち寄った模型屋で、長門は黄色い叫びをあげながらプラモデルを物色していた。そこには特務隊整備主任の面影は無く、実年齢を大きく下回る少年の姿があった。
「一は、こういうの好きなのか?戦艦とか戦闘機とか。」
九十九は何気なくそう口にした。それを聞いた長門は黙り込み、少し間を置いて答えた。
「機械は好きです。でも、戦争は嫌いです。」
九十九の問いに他意はなかった。ただ本当に何気なく、口にしただけだった。
しかし、長門には思うところがあった様だった。そんな少し張り付いた空気を、長門自らが砕く。
「あっ!これ絶版の1/72零戦!しかも初回ロット!」

長門が冷やかし…ウィンドウショッピングを堪能すると、二人は昼食を摂ることにした。
丁度昼時とあって、店内はにわかに人で溢れていた。甘党の九十九はシェイクをすすりながら、口を開いた。
「一がミリタリーマニアだったとはね。ただの機械オタクだと思ってたよ。」
九十九は冷やかすように笑いながら言った。長門はその冷やかしに真っ向から応える。
「何ですか、機械オタクって。それが命の恩人に言う台詞ですか。」
「ははは。すみません、長門主任。」
二人はからからと笑いあう。そして、長門は視線を落とし、静かに口を開く。
「機械は良いです。強靱で、それでいて繊細で。人間や動物みたいな感情は無くても、こっちのモーションにちゃんとリアクションしてくれる。そんな機械が色んな形で人間の社会に貢献してる。産業でも医療でも。そして、戦争でも。」
長門は視線を上げ、窓越しにどこか遠くを見つめていた。その表情は先ほどの模型屋での子供の様な表情とは違い、どこか憂いを帯びた表情だった。
「一は…なんで軍に入ったんだ?」
九十九が訊く。
「…長くなりますよ?」
長門は手元のジンジャーエールを一口飲み、言った。
「父は空自隊員でした。高専卒で機械に強く、パイロットなのに整備もやってのける自慢の父でした。でもそんな父も竹島戦線で殉職して。信じられませんでした。パイロットとしても一流の父が、あんな型遅れの駄作に墜とされたなんて。」
ここで一度話を区切り、ジンジャーエールを飲み干す。
「後で聞いたんです。その時の父の機体は前線に出っぱなしで、メンテが万全じゃなかったらしいんです。通夜に来た同僚の方から聞きました。もちろん、そのの整備兵が悪いわけじゃない。けど、前線に立つ兵士にとっては、メンテは最後の命綱なわけで。だから、父の様な不幸な人を出さない為に、どんな時でも万全な状態で機体を提供出来る様にと思って、整備兵として軍に入ったんです。」
「…そうか…」
九十九のシェイクは少し溶けだしていた。長門は溶けた氷をズルズルと吸うと、席を立った。
「さ、明日からまた訓練ですから。元気出して次行きましょう。」
「あ…あぁ。」
二人はトレイを返却台に置き、揃って店を出た。


「未確認物体、高度200メートルを茨城方面より時速60キロで接近中。空軍第三部隊にスクランブルがかかりました。」
管制室のモニターに黄色い文字が浮かぶ。
「BEASTでは無いのか?」
小笠原がモニターを覗き込む。
「今のところ敵性反応は検知されません。」
「どういう事だ…?兎に角予想進行ルート上の街に避難警報を。山本指令官に通信を。」
「わかりました。」
「陸、海の次は空か…」
小笠原は誰に云うとでもなく呟いた。


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