暴走堕天使エンジェルキャリアー


[10]天より来たりし者 前編


青空を数機の航空自衛軍のヘリが慌ただしく飛び回っていた。そしてそのヘリの編隊の向こうに、巨大な「何か」が神々しく輝いていた。
見ようによってはプラズマを帯びた積乱雲のようにも見えるそれは、ゆっくりと風に乗るように移動していた。
自衛軍のヘリの一つに、山本の姿があった。山本は「何か」を認知すると、ゆっくりと口を開いた。
「あれか。正体不明の飛行物体は。」
「は。左様であります。」
側にいた士官が答える。
「しかし、司令官殿自らが前線に来られずとも…」
「組織を統括する者が後方でぬくぬくとしていては兵は着いて来ぬ。そうだろう?」
「はぁ…」
「それより調査は進んでいるか?」
「はっ、いえ…それが…」

「未だに何も解らんとはどう云う事だ?」
管制室には小笠原と管制官が集まっていた。各員は慌ただしくキーボードを叩き、インカムで通信していた。
小笠原が覗き込んでいる春日のモニターには、「not possible to analyze」の文字が浮かんでいた。
「各人情報収集と解析を続けろ。春日一等、至急煤原三尉を呼び出せ。」

「BEASTですか、二尉。」
九十九の携帯に非常回線が繋がる。
「まだ解らん。だが至急戻ってくれ。長門曹長も一緒だろう?」
警報を聞いた二人は既に地下鉄の構内に居た。そのホームから更に地下へ潜ると、軍専用地下幹線が存在する。
「プラモ作る暇も無いな。」
「街が壊滅したらプラモ買う店も無くなりますよ。」
「そりゃそうだ。」
二人は目の前に停まった電車に乗り込んだ。

「積乱雲?」
モニターに映された「何か」を見た九十九の最初の一言。確かにそれは、事情を知らぬ者には積乱雲にしか見えなかった。
だが、現時点でその「何か」の事情を知る者は居なかった。
小笠原がプリントアウトされた書類を見ながら口を開く。
「現時点ではまだ何も解っていない。敵性反応も無い。」
「だったら何も…ってか何も解らないならどうしようもないでしょ?」
「確かにそうだが…煤原三尉、念の為キャリアーで待機してくれ。」

特務隊が対応をあぐねている間に、「何か」は東京の間近に迫ってきていた。
「目標、都内上空に侵入。依然動きありません。」
春日一等の声が響く。
その瞬間、管制室のモニターが真っ赤に光り、けたたましい警報と共に「advance warning」の文字が浮かぶ。
「敵性反応確認!目標から高熱源体放射!」
「何か」、いや、BEASTから放たれた光線は特務隊本部…首相官邸を狙っていた。
直撃の瞬間、光線は枝分かれし虚空へと消えた。首相官邸の目の前には、光波防御シールドを施された都市防衛用の特殊ビルの姿があった。
「間に合ったか…」
小笠原が安堵の溜息を漏らす。
「目標、活動を停止しました。」
「連射は出来んようだな。第三二航空隊に目標を攻撃させろ。その間にキャリアーの出撃準備を。」
「了解。」
自衛軍のヘリからミサイルが放たれる。ミサイルはBEASTに飲み込まれ、内部で爆発した。
その爆風でBEASTは霧のように飛散した。
「目標、飛散!」
「やったか?」
だが飛散した霧は直ぐに密集し、元の姿に戻る。そして、その周囲は暗い闇に包まれ、激しい突風が吹いた。
見るとBEASTの周囲を飛んでいた数機のヘリの姿が忽然と消失していた。ヘリだけではない。周囲のビルや地面の一部までもが消失していた。
その様子をモニターで見ていた小笠原以下管制官達は、ただ唖然とするしかなかった。
「春日一等…状況を…」
「は…はい!」

それは異様な光景だった。爆発で消滅したのとは明らかに違う光景。
瓦礫が飛散した形跡も、崩れ落ちた形跡も無い。まるで何かに喰われたかの様に、BEAST周辺の景色はぽっかりと消失していた。
「質量が?」
小笠原の声だった。春日以下管制官が調査した結果、出現時より飛散、再集結した時の方がわずかに質量が多い事が解った。
「どうやら飛散した霧状の飛沫が再集結する際に、周囲の空間を飲み込んだものかと。」
「まさに"喰われた"と云う事か…常識を逸している…!」
小笠原は呟いた。だが、BEASTと云う異形の敵性体と、それを殲滅する為の巨大兵器エンジェルキャリアー。その様なものが今目の前にあることも、既に常識を逸している。
そんな矛盾を胸の奥に感じつつも、小笠原はそう呟かずにはいられなかった。
「目標は?」
「沈黙しています。」
春日が答える。
「遺憾だが…現時点で我々に策は無い。煤原三尉を呼び戻せ。それと…山本司令にコンタクトを。」
堅く握った小笠原の拳は、わなわなと震えていた。


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