暴走堕天使エンジェルキャリアー


[25]アラートの朝


洗面所に、ツナギを着用した長門の姿があった。細く垂れた目をこすりながら水道の詮を開き、バシャバシャと顔を洗う。
そんな長門の頭にタオルがふわっと掛けられた。
「お疲れ。」
タオルを掛けたのは九十九だった。
「あ、一尉。」
長門は「ありがとうございます」と丁寧に言うと、タオルを取りごしごしと顔を拭く。
「朝になっちゃいましたね。」
「そうだな。」
今度は九十九が顔を洗う。一通りバシャバシャと洗うと、長門からタオルを奪い顔を拭く。
「疲れてます?」
普段よりどこか弱々しい九十九を心配して、長門が声を掛ける。
「ああ…ちょっとな。」
「アラートで徹夜ですからね。無理無いですよ。」
九十九は無言で小さく頷く。その様子を見て、長門は一層心配になった。
「…何か飲み物でも買ってきましょうか。」
「あ、いいよ、気にしないで…」
「いいんですよ。いつもごちそうになってるんですから。―ちょっと、待っててくださいね。」
そう言って、長門は小走りで駆けて行った。

「あ、二尉…」
自販機脇の喫煙所に彩夏の姿があった。彩夏は置かれた灰皿の前に小さく座り、たばこを吹かしていた。
「准尉…おはよ。」
「おはようございます。―二尉も何か飲みます?」
「コーヒー。苦いやつね。」
彩夏はいつも通りにぶっきらぼうに応える。その様子を見て、長門は薄く笑みを浮かべる。
「―何よ?」
そんな長門に彩夏が突っ掛かる。
「いえ、いつも通りだなって思って。―どうぞ。」
彩夏は不機嫌そうな表情を浮かべながら、長門からコーヒーを受け取る。
「煤原一尉が疲れてるみたいで…二尉は変わりないみたいですね。」
「あたしだって疲れてるけど…つーくん、まだダメなのね…」
「え?」

ガコン。

僅かな沈黙の中に、自販機を転がり落ちる缶の音が響いた。
「一尉って…どこか悪いんですか?」
彩夏は「しまった」という表情を浮かべ目を伏せるが、じっと見つめる長門の視線に根負けし、重たく口を開く。
「教会に居た頃からなんだけどね…つーくん、ちょっと、その…心が弱くて…」
彩夏は慎重に言葉を選びながら続ける。
「変な意味じゃないのよ?ただちょっと…ほんのちょっと周りより…心が、ね。―教会でもよく…夜が怖いって言って震えてたのよ…それが、まだ治ってないのかな、って思って…」
そう言って彩夏は目を伏せた。長門は自販機の取りだし口の缶を取り出すと、彩夏に声を掛けた。
「すみません、変な事聞いてしまって…忘れておきます。」
そう言って踵を返した長門に、彩夏が声を掛けた。
「あっ、准尉…あの…」
「はい?」
長門は足を止め振り返る。彩夏は目を伏せもじもじしながら、小さく呟く。
「たばこ吸ってたこと…つーくんには言わないでね…つーくん、たばこ嫌いだから…」
長門はふっと薄く笑うと、短く「わかりました」と言って、再び踵を返す。
その時、彩夏の携帯端末が鳴る。
「この着信音、非常回線ですよね?」
彩夏は長門の問いに無言で頷き、通話ボタンを押し、携帯を耳に当てる。すると、春日の声が聞こえた。
「目標に動きあり。水無月二尉は出撃準備でブリーフィングルームへお願いします。」
「わかった。すぐ行くわ。」
彩夏は携帯をポケットに仕舞う。
「出撃、ですか?」
「そうみたいね。あたしはブリーフィングルームに行くから、ラファエルの準備、よろしくね。」
「了解しました。」
長門は真剣な表情で敬礼する。その様子を見て、彩夏は優しく笑って言った。
「気負わないで。准尉の腕は確かなんだから、いつも通りで。」
長門は初めて見る彩夏の表情に驚きを隠せなかった。彩夏も自分の素振りに気恥ずかしさを覚え、逃げるように走り去った。

「なんであたしが赤くなんなきゃいけないのよ…」
彩夏は走りながら小さく呟いた。


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