暴走堕天使エンジェルキャリアー


[22]彩夏と九十九と


白い病院の廊下を、花束とフルーツバスケットを持った青年が二人、歩いていた。長門と春日であった。
二人はある部屋の前で立ち止まる。その部屋のネームプレートには名前は書いてなかった。
長門がドアをノックし、声を掛ける。
「二尉、長門です。」
返事は、無い。
二人は顔を見合わし、どうしたもんかと首を捻る。悩んだ末、長門がもう一度ノックするも、やはり返事は無い。
「先に一尉の所に行くか?」
春日が長門に言う。
「そうしようか。」
そう言って二人は踵を返し、廊下を戻って行った。

数分後、二人は九十九の病室の前に居た。
「長門です。入ります。」
長門がドアを開けると、柔らかい風がカーテンを揺らしていた。そしてベッドには、未だ意識覚めやらぬ九十九の姿があった。
「あ…二尉…」
見ると、九十九の隣には彩夏が座っていた。先日の戦闘のダメージが酷く、腕にはギブス、四肢の所々に包帯が巻かれていた。
「准尉に士長…」
どうやら長門の声に気付いていなかったようだ。彩夏は長門達に見えないように、うっすらと溜まった涙を拭う。そして、いつもの様に強気に振る舞う。
「なによ、折角のオフに男同士で。」
「そ、そんなんじゃないですよ。」
春日が慌てて否定する。遅れて長門が口を開く。
「キャリアーの修理も一段落しましたから、様子を見に。さっき、二尉の部屋にも行ったんですけどね。」
「そう。ありがとう。」
彩夏は短くそう言って、顔を伏せる。
「傷…酷いんですか?」
長門が申し訳無さそうに尋ねる。
「大した事無いわ。ドクターが大袈裟にしただけよ。」
「そう…ですか。」
「准尉のせいじゃ無いわ。あたしが弱かっただけ。」
彩夏がそう言うと、病室に暫しの沈黙が訪れた。

「二尉は…」
沈黙の中、最初に口を開いたのは長門だった。
「二尉は一尉とお知り合いなんですよね?」
「…うん。」
「聞いてもいいですか?」
暫く彩夏は返事をしなかった。そしてゆっくりと喋りだす。
「面白くない話よ。でもあたしには…あたしとつーくんには大切な事。―あたしとつーくんはね、小さな教会で育ったの。あたしもつーくんも本当の親の顔なんか知らない。あたし達の家族はシスターと、教会の兄弟だけ。それでも、あたし達は幸せだった。少なくともあたしは、寂しいなんて思ったことは無かった。でも前の戦争で教会がテロに遭ってね。その時にシスターが亡くなって。それでみんなバラバラになっちゃって。それであたしは水無月の家に引き取られて。本当はつーくんも一緒に引き取られるハズだったんだけど、つーくんは嫌がってね。それでつーくんともお別れ。」
彩夏が話し終わると、再び病室に沈黙が訪れた。

「ね?面白くない話でしょ?」
長門と春日は応えなかった。沈黙の中、柔らかい風がカーテンを揺らす。
すると、ドアをノックする音が聞こえた。長門が返事をすると、看護師が入ってきた。
「水無月さん、やっぱりここに居た。包帯替えるから病室に戻ってくださいね。」
「はぁい。」
そう言って彩夏は立ち上がる。
「じゃあ僕らも帰ります。これ、持てますか?」
「平気よ。…ありがとう。」
長門が彩夏にフルーツバスケットを手渡す。
「気にしなくていいから。パイロットだもの、怪我くらいするわ。」
「はい…ありがとうございます。」
そして、四人は揃って九十九の病室を後にした。

「あれ?」
ロビーを歩いていると、不意に春日が声をあげた。
「どうした?」
長門が尋ねる。
「いや…小笠原三佐にそっくりな人が今…」
「三佐が?」
長門は辺りを見回す。
「…気のせいじゃない?」
長門はややぶっきらぼうに言う。そして、首を傾げる春日を置いて、長門は歩きだす。
「三佐も…思う所があるんだよ…」
長門は春日に聞こえないように、小さくそう言った。
「あっ、待てよ、はじめ。」


誰も居なくなった九十九の病室に、ドクターと小笠原の姿があった。
「経過は?」
「順調です。2、3日もすれば意識が戻るでしょう。」
「そうか。」
ふと横に目を遣ると、消灯台に春日が置いて行った花束があった。
「済まない、外してくれるか?」
ドクターは「はい」と返事をし、病室を出る。
一人になると、小笠原は消灯台に置かれた花を立てる。そして、傍らの椅子に腰掛け、九十九の顔を覗き込む。

沈黙の中、柔らかい風がカーテンを揺らしていた。


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