暴走堕天使エンジェルキャリアー


[12]まどろみ


まあ、可哀相に。こんなに濡れて。
「…」
急いで着替えないと、寒いでしょう。
「…」
さあ、泣かないでいいのよ。もう大丈夫。
「…」
名前をつけてあげないとね。どんなのがいいかしら。
「…」
そうね…あら?どうしたの?
「…」
それはね、日本の神様の一柱でね九十九神様っていうのよ。
「…」
あら、困ったわね。ここは教会なんだけど…
「…」
よっぽど気に入ったのね。仕方ないわ、あなたは九十九。九十九ちゃん。
「…」
ええ。今日からここがあなたの家よ。ほら、あなたの兄弟もたくさん居るのよ。
「…」
新しい家族よ。九十九ちゃん。みんな、仲良くしてね。
「…」
つくもちゃん、よろしく。
「…」


九十九が瞼を開けると、何も見えない暗闇の中に居た。瞼が開いているのかさえ疑わしい程の闇。

呼吸はある。
脈もある。
四肢の爪先まで感覚はある。
だが視覚と聴覚は疑わしい。
そんなやり切れない不安感を振り払う様に、九十九は大声で叫ぶ。
僅かな反響が、聴覚も正常であると教えてくれた。
そして暫くすると、微かだがインテークの輪郭が見えはじめる。そうしてやっと、五感に異常の無い事を知り、九十九は安堵の溜息を漏らした。

「レーダー反応無し…ソナーも返って来ない…か。」
遭難した時は極力動かず一定の場所で助けを待った方がいい。そんな言葉を思い出し、エンジェルキャリアーを生命維持モードに切り替え、九十九はもう一度、意識をまどろみの中へ沈めていった。


―X年前―

日本海沖で起きた船舶衝突事故をきっかけに、日本と南北統一朝鮮との関係が悪化。翌年、南北朝鮮からの一方的な宣戦布告により日朝は開戦した。
戦況は往々にして日本が優勢を保つも、一部の在日朝鮮人のテロ活動により、本州の一部都市はパニックに陥った。
そして、九十九が身を寄せていた教会を、暴徒の放った業火が焼いた。

その後幾つかの中規模戦闘の後、竹島制圧戦の成功を以って、日朝政府の間で終戦協定が結ばれた。

そして九十九と同じく教会に身を寄せていた兄弟達は、ある者は別の施設へ、ある者は養父母の元へと散って行った。
そんな中、ある夫婦が一人の少女と九十九をえらく気に入り、少女と九十九の二人を迎えると言った。が、九十九はそれを断った。

その夫婦が気に入らなかった訳で無く、少女が嫌いだった訳でも無い。
九十九にとって「家族」と呼べる存在は、名を授けてくれたシスターだけだったからだ。
そして九十九は、一人で自立する道を選び、今日まで―いや、特務隊に入隊するまで、孤独に生きてきた。

特務隊の中での人間関係、殊に長門との出会いは、長らく鬱がれていた九十九の心を開かせた。
長門は整備主任としては厳しかったが、人としての優しさに溢れ、皆に好かれる存在であった。
殊、九十九に対しての接遇は、まるで旧知の親友であるかの様に他人には見えていたであろう。

長門も日朝戦争で身内を亡くした身である。恐らく長門には、九十九の内に秘めた悲しみや、実は人間味に溢れた性格が感じられたのではないか。
だからこそ、親しくなるのに時間は掛からなかったのだろう。

そして、直属の上司に当たる小笠原。
九十九は小笠原を苦手だと言いつつも、棘の立った言動に隠された弱く、繊細な優しさを感じるようになっていた。

一人の気楽さと孤独に葛藤し、鬱屈した日々を送っていた九十九の内面に、たった数ヶ月の間でこれ程の変化が起きていた。
そして、そんな日常に喜びを見出だし、新たな道を歩こうと、九十九は密かに思いを固くしていた。

だから、そんな日常に長く身を置いて居られるように、九十九はエンジェルキャリアーを駆る。
薄ぼんやりとした意識のまどろみの中で、九十九はそんなことを考えていた。


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