暴走堕天使エンジェルキャリアー


[11]天より来たりし者 後編


「対応策は?」
「具体的な事はまだ…ですが、幸いこちらから攻撃しなければ対象は動かないようなので…」
「攻撃をしないように軍に通達を。」
「はい。」
小笠原と春日以下数人の管制官が慌ただしくやり取りをしていた。
そして、その様子を遠巻きに見ていた九十九が小笠原に詰め寄る。
「どういう事ですか?」
「聞いた通り、手詰まりだ。キャリアーに空戦能力は無いからな。」
九十九は眉をひそめる。
「そんな顔をするな、三尉。今、戦研所に打診しているところだ。」
「戦研…戦略兵器研究所ですか?」
戦略兵器研究所。先の戦争中盤に設立された自衛軍管轄の部所で、国産兵器の開発を担っている。
主に陸戦車、戦闘機の開発、生産を行っているが、次世代特殊兵器の開発にも携わっている。
「その戦研が開発中のマイクロブラックホール砲を徴用要請中だ。早ければ20時にはこちらに届く。それまでは警戒態勢に就いてくれ。」

エンジェルキャリアーの格納庫では長門を含めた数人の整備兵が、エンジェルキャリアーの整備にあたっていた。
そこに、飲み物を持った九十九が顔を出した。
「戦闘はしてないのに曹長は几帳面だな。」
長門はオイル塗れになりながら、真剣な表情で作業にあたっている。もちろん、長門だけではない。他の整備兵達も、各々の作業に真剣に従事している。
「あ…三尉。」
どうやら長門は九十九に気付いていないらしかった。「いつからそこに?」と云った表情を浮かべる。
「警戒態勢ったってキャリアーが使えなかったら居場所が無いからさ。ほら、ドリンク。人数分あるよ。」
九十九は手に持った袋を手渡す。
「ありがとうございます。みんな、ちょっと休んで。」
長門はそう言って向き返る。だが、誰も飲み物を受け取らない。その時、整備兵の一人が言った。
「自分達は大丈夫です。曹長こそ休んでいてください。」
その言葉に他の整備兵も頷く。長門は礼を言い、九十九と二人、少し離れた場所で休憩をとることにした。

「聞きましたか?今回のBEASTの事。」
プルタブを引き、一口飲んでから長門が言った。
「空間を喰うってやつだろ。ほんと何なのかね、BEASTって。」
九十九は背もたれに肘を掛け、ふて腐れたような様子で応える。
「そうですね…某国の生物兵器…とかですか?」
「或いは地球外生命体…」
暫しの沈黙の後、二人は顔を見合わせて笑った。
「アニメじゃねえんだから。」
「すみません。でも…友好的な奴らじゃ無いって事は確かみたいですからね。こっちも唯黙ってやられる訳にもいかないですし。」
「…そうだな。」
「ごちそうさまでした。そろそろ戻ります。」
話が一区切りついたところで長門は立ち上がり、仕事に戻って行った。
九十九は軽く会釈し、無言で長門の背中を見送った。

ピリリリリリ。

九十九の携帯端末が鳴る。小笠原からの通信だった。
「三尉、出撃準備でブリーフィングルームへ。」
「了解。」
残りの飲み物をぐいっと飲み干し、九十九は立ち上がる。


地上。BEASTから少し離れた位置に、エンジェルキャリアーの姿があった。傍らには戦研から徴用したマイクロブラックホール砲が準備されていた。
「三尉、準備はいいか?」
「いつでも。」
作戦は至ってシンプル。BEASTの飛散距離―迎撃範囲の外からマイクロブラックホール砲を掃射、そのまま空間ごと大気圏外へ弾き飛ばし殲滅すると云うものだ。
片膝を地に着け腰を下ろしたエンジェルキャリアーに、火器管制用のコード類が纏わり付いていた。その様は傍目には不格好に見えた。
「重水素核融合開始。マイクロブラックホール生成順調。」
コクピットに増設された火器管制用モニターに丸いマークが現れ、BEASTの姿を捉える。
「マイクロブラックホール、臨界到達!」
「発射!」
BEASTに向けてマイクロブラックホールが射出される。弾道はBEASTの中心を射貫き、空間を歪めながら宇宙へと消えた。
その瞬間、「advance warning」の文字と共に激しい警報が鳴り響いた。
「どうした!?」
小笠原の声が響く。
「目標が…」
中心を射貫かれたBEASTは大きく口を開け、うねりながらエンジェルキャリアーに突進してきた。
だがエンジェルキャリアーは動かない。火器管制用のコードとマイクロブラックホール砲が枷となっていた。
「…嘘だろ?」
その間に霧状になったBEASTがエンジェルキャリアーを包囲する。
「三尉、逃げろっ!」

小笠原の声が届いたかは解らない。気付くと、そこにエンジェルキャリアーもBEASTの姿も無かった。
管制室は耳が痛むほどの沈黙に包まれ、モニターの作戦時間タイマーが無機質に、時間が流れている事を告げていた。
小笠原が我に返り、作戦の終了を宣告したのはそれから暫く後の事だった。


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