ガイア


[24]エスポワール


張り詰めた空気が部屋中に広がる。身を切るような冷たい空気の中で、ハインリヒが腹を抱えてうずくまっていた。
ハインリヒにセシアとミリアが駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
ミリアの問いに、ハインリヒは息を荒くするだけだった。
「あんた…仲間だったんじゃないんですか!?」
グレイスがライアックを睨みつける。
「ヒューマノイドに汲みする者など仲間ではないよ。」
ライアックは冷ややかに答えた。そして銃口をグレイスに向けた。
「君はどうやら口も達者なようだね。それもヒューマノイドたる所以か。」
「ふざけるなっ!」
グレイスは激昂し、さらに強くライアックを睨みつけた。
その様子を見て、ライアックは笑った。
「そう、その眼だ。何度身体を乗り換えても忘れはしない。徒党を組み、我々を権力の座から引きずり落とした奴らの眼だ。」
グレイスは視線をライアックから外さなかった。ライアックも銃口をグレイスに向けたまま、口を開いた。
「相互努力?協調?そんな甘言、私は信じぬよ。社会というコミュニティは全てを統括する者が居て初めて機能するのだ。そしてその頂点に立つのは純粋種でなければならないのだよ。」
グレイスも怯まず応える。
「仲間を撃って、そして僕を撃って。そんな人間が世界を統括できるわけがない!民衆の反発を買うだけだ!」
「恐怖による統括というものもある。なんなら、君の恋人から撃とうか?」
ライアックは冷ややかな目で笑いながら、銃口をセシアに向ける。
「えっ?」
「ふざけるなっ!」
グレイスが叫ぶ。
「ははははは!威勢が良いな。だが何も出来まい?これが恐怖による統括というものだ!」
「くっ!」
グレイスは歯を食いしばる。
ライアックは銃口をグレイスに戻し、言葉を続ける。
「恐怖からは何人も逃れることは出来ん。例え相手が君のように優秀なヒューマノイドでもね。」
「あんたに…あんたに人の上に立つ資格は無い!」
ライアックは不適に笑って答える。
「遺言として受け取っておこう。君の存在は後々面倒になりそうだからね。わたしが創る新たな世界の礎になってもらおうか。」
ライアックが引き金に指をかける。
「グレイスっ!だめっ!」

パン。

「な…」
ライアックは銃を落とし、膝をついた。彼の右腕からは血が滴り落ちていた。
硝煙を立ち上らせていたのは、ハインリヒの銃だった。
「ハインリヒ…貴様っ!」
左手で銃を拾おうとしたライアックに、ハインリヒが更に引き金を引く。

パン。パン。

「がぁっ!」
銃弾はライアックの両足を貫き、ライアックは倒れ込んだ。
「もう止せ…我々の負けだ…」
肩で息をしながら、ハインリヒが言った。
それでもライアックは、なんとか銃を拾おうと足掻いていた。
「まだだ…私は…ヘルメスっ…!」

だがヘルメスに動きはなかった。
「何故だ…ヘルメス…」
その時、一連の様子を窺っていた彼女が、ライアックに言った。
「フランシェルズ。もうお止めなさい。」
「ガイア…」
「私は私の罪を償います。フランシェルズ、あなたも一緒に。」
「ふざけるな…わたしは…」
ライアックは床に伏せったまま、体を引きずりヘルメスの元へ這いずっていく。
そこで、彼女はグレイスに言った。
「グレイス、あなたはハインリヒと―彼らと共にエスポワールへ戻りなさい。―もう私の存在も必要ないでしょう。私はフランシェルズと共にここで―」
グレイスは黙って頷いた。そして、ハインリヒの元へ向かう。
「シズル、手伝って。―ハインリヒさん、行きましょう。」
グレイスとシズルに肩を抱えられ、ハインリヒは立ち上がる。
「グレイス、人類の未来をお願いします。」
「―頑張ります。」
ライアックがヘルメスの元へたどり着いた時、ヘルメスが輝きだし、部屋にやわらかな風が吹き、光がライアックを包み込んだ。
その光は、まるで母親が子供を抱きしめるように優しく、ライアックを包み込んだ。




そして月日は流れ―エスポワールは再び漆黒の宇宙に居た。
ブリッジにしゃがれた男の声が響く。
「航路、異常無いか?」
ビアッジ艦長が尋ねると、グレゴリオ操舵士が答えた。
「異常ありません。オールグリーンです。」
「二つとも同じ意味だぞ、グレゴリオ。」
くすくすと皆が笑いだし、ブリッジにやわらかい空気が広がった。

「グレイスー!シズルー!」
大勢の人で賑わうショッピングモールの中の噴水の前で、グレイスとシズルが立っていた。
「お待たせ。」
「遅いぞ、ミリィ。」
「なによ、いつもはあんたが遅れてくるくせに。」
ミリアがシズルに言った。見るとセシアは、小さな木編みのカゴを持っていた。
グレイスがセシアに尋ねる。
「それ、何?」
「あ、これ?これは…えっと…」
口ごもるセシアの肩を、ミリアが優しく叩いた。
そして二人は目を合わせ、小さく頷いた後、セシアがカゴの蓋を開ける。
「不格好だけど…アップルパイ…」
セシアは気恥ずかしそうに視線を落とした。
そんなセシアを見て、グレイスは笑ながらひょいとアップルパイを一切れつまみ、口へ運ぶ。
「うん。すっごい美味しいよ。」
その一言を聞いたセシアは視線を上げ、にっこりと笑った。
「言ったでしょ?料理は愛情だって。」
ミリアが笑いながらセシアの肩を叩く。
「オレにもくれよ。」
シズルがアップルパイに手を伸ばす。すると、グレイスがその手をたたき落とした。
「やだね。全部僕のだ。」
「いいじゃんよ。な?セシア。」
そんなやり取りをしながら、四人は無邪気に笑った。

そんな彼らの前を、一人の男を乗せた車が、なにやら演説をしながら通り過ぎていく。
「―わたしは地球から来ました。そこでの生活はひどく、苦しいものでした。だからこそ、わたしはこのエスポワールで、地球での経験を活かし、皆々様が末永く幸福に暮らせる社会を実現したいと思います。わたしはある少年たちに教わりました。人は皆平等であると。人は皆、ひとりでは生きていけないと。ですから、わたしはわたしの持ちうる全ての力で、皆様方とともに、幸福な社会を築けるよう、邁進していく所存であります―」
マイクを持っていたのはハインリヒだった。
四人は目を合わせ頷くと、遠ざかるハインリヒの背中に手を振った。
「さぁっ!テストも終わったしパァっとはしゃぐとするか!」
「あんたはいつでもはしゃいでるじゃないの。」
シズルとミリアが、夫婦漫才のようなやりとりをしながら歩いていく。
「市長選、頑張ってるね。」
セシアがつぶやく。
「うん。あの人なら、きっと良い社会を作れるよ。」
グレイスとセシアは優しい笑みを浮かべた。
「さっ!行こ、グレイス。」
セシアは強引にグレイスの腕を引っ張って行く。
「だから痛いって!肩が外れるっ!」
「何やってんだよ、グレイス。早く行くぞー。」
四人は笑いながら、ショッピングモールの人ごみの中へ消えていった。


そしてエスポワールは、今日も人類の希望を乗せて、漆黒の宇宙を渡っていく。


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