ガイア


[23]母


そこに居る全員が彼女の声に耳を傾けていた。
「先ずはこのように皆の意識を強制的にリンクさせたことをお詫びします。ここに居る皆に―いえ、生ける者全てに真実を伝えたいのです。そして、私は私の子を失うわけにはいかないのです。」
「子…?誰のことだ?」
ハインリヒが尋ねる。
「ライアック・イヴ・ライラック。そして、グレイス・サタニー。」
ガイアが答えた。
「私は昔、ある大きな罪を犯しました。邪気無き者に知恵の実を与え、その者の心に悪意を芽生えさせてしまった。ライアック。―いえ、フランシェルズ。あなたに知恵の実を与えた私を許してほしい。」
ライアックは応えなかった。
さらにガイアは続ける。
「そして、グレイス。あなたにも謝らなければなりません。私の犯した罪の後始末を、あなたに押しつけてしまった。」
「いえ…」
グレイスは表情をやわらかくして答えた。
「ちょっと待て!貴様がガイアだというのなら…いや、ガイアだとて、どうやってヘルメスにハッキングしたのだ!?」
ハインリヒが叫ぶ。
「フランシェルズを中継にヘルメスに入り込みました。フランシェルズは私とではなく、ヘルメスとリンクすることで間接的に私にハッキングをしていましたから。しかし、フランシェルズはあくまで私とリンクしていると思い込んでいたようですが。」
「そうか…それでシェルターの中からターミナルに…」
グレイスは一人で納得していた。たが、ハインリヒは納得していないようだった。
「だが!貴様はヘルメスを模したただの機械だ!機械がどうして意思を持つ!」
「いえ―私達は機械ではありません。ヘルメスはこの世のあらゆる意思を繋ぐ者。いわば意思のハブです。そして私とヤハウェ、シヴァはヘルメスの意思を受け継いだ者。あなた方によってヘルメスを模して生み出された私達は、ヘルメスとは異なり、自らの意思を持つことが出来たのです。残念ながら、ヤハウェとシヴァはその形を失いましたが、彼らの意思は私とヘルメスの中にあります。」
「ではなぜこんなことをする!?」
ハインリヒが声を荒らげた。
「先ほども述べた通り、私の子を失うわけにはいかないからです。そして、フランシェルズやグレイスに限らず、あなた方にも、無用な争いをしてほしくないからです。」
そこに、そっと一筋の風か吹く。
「ハインリヒ。あなたの目の前に居る者をご覧なさい。その者の姿形は、あなたと何一つ変わりません。互いに支配される謂われも無ければ、互いに争う理由も無いはずです。」
風は優しく、その場に居る者を包み込んだ。そして足下に、緑の大地が写る。
「地球はようやく、大地に緑を育むまでに回復しました。あなた方が望むのであれば、この地に根を張り生きていく事も叶うでしょう。」
「そうだ。だがこれから先、人類がかつての繁栄を取り戻す為には、ヒューマノイドの能力が必要なのだ!そしてその能力を有効に使うためにも、我ら純粋種による統制が必要なのだ!」
ハインリヒが大仰に手を振りながら応えた。
「それは違う!」
答えたのはグレイスだった。
「あなた方の言うようにヒューマノイドの能力を有効に使えれば、人類は繁栄するかも知れません。でもそれは、相互努力と協調の上での話です。支配の上に成り立つ繁栄など、上辺だけのもの。決して長くは続きません。」
グレイスは真剣な眼差しでハインリヒを見つめる。
「僕らは支配されることを望まない。けど、支配することも望みません。平和的に協調して生きていけるなら、僕らも助力を惜しんだりはしません。」
グレイスはハインリヒに手を差し出す。セシアも同じように手を差し出す。
「グレイス…わたしも…」
二人は目を合わせ頷いた。そしてその視線を、シズルとミリアに向ける。
「難しいことはよくわかんないけど…」
「バカ。わたし達もグレイスに賛成するわ。人はひとりでは生きていけない。あなた達だけでも、わたし達だけでも、きっと同じことが言えると思う。」
シズルとミリアも手を差し出した。
ビアッジ、グレゴリオ、ラミアスもそれに続いた。
「わたしは…」
ハインリヒが小さく呟く。そして、堰を切ったように声をふるわせながら言った。
「わたしは恐ろしいのだ…1000年もの間、この狭く薄暗い地下で過ごしてきた我々は…やがて再び地上へ上がった時に、我々よりも秀でた者達に淘汰されるのではないかと…もしそうなれば、我々の1000年の苦労はなんだったのだと…」
ハインリヒは膝を付き、嗚咽を漏らした。マントを羽織った彼の仲間からも、嗚咽が聞こえた。
そんな彼らに、グレイスが優しく告げる。
「だったら、一緒にエスポワールへ行きましょう。あそこには、あなた方を見下すような人は居ません。」
グレイスは優しく笑った。
「あなた方の1000年と僕らの1000年は全く違ったものかも知れない。けどそんなことは、これからの1000年でいくらでも修正できるはずです。」
「私は君を撃った…それでも、受け入れてくれるのか?」
グレイスは再び笑って答えた。
「とても痛かったです。でも、あなた方の1000年は、もっと辛かったのでしょう。」
「うぅ…あぁっ…」
ついにハインリヒは声をあげ泣いた。
自らの犯した罪と、過去に何度も繰り返された過ちを、再び犯そうとした自分を恥じて泣いた。
そして暫くの間、皆がハインリヒを見守っていた。

するとそこに、乾いた音が響いた。

次の瞬間、ハインリヒが血を流し倒れた。
「ハインリヒさん!」
グレイスが叫ぶ。
そして、今まで押し黙っていたライアックが口を開く。
「まったく。何のために1000年もネズミのように地下で暮らしてきたのか。何のために1000年も、身体を乗り換え生きてきたのか。」
ライアックが右手に構えた銃からは、硝煙が立ち上っていた。


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