第41章


[19] 


「触んな!」
 半ば悲鳴のように怒鳴ってマニューラはロズレイドの手を払いのけ、飛び退いて後ずさった。
血相を変えて左腕に巻かれた布を庇うように右手で握り締め、息を荒くしてロズレイドを睨みつける。
「あ、あの、僕は――」
 いつにない、今までにないマニューラの取り乱した態度に、ロズレイドは声が震えてまともに謝ることさえできず、茫然としていた。立ち尽くすロズレイドの姿を見て、マニューラははっと我に返った表情をする。
「――わりぃ、ちょっと嫌な夢を見て寝ぼけていたみてーだ、悪かった。別に傷が痛むわけじゃない、大丈夫さ。
この布切れは……大切なもんなんだ。だから……今は、少し放っておいてくれ」
 マニューラはロズレイドから顔を背け、ふらふらと木に寄りかかり直して目を閉じた。
 急に疲れきった様子になって寝入るマニューラの姿を、悲痛にロズレイドは見つめた。
キッサキでしばらくの間一緒に過ごして、色々とマニューラの事を知っているかのような気になっていたが、よく考えてみれば自分が見てきたのは上っ面の部分だけで、少し深い部分になればまったく知らないことばかりなんだ。
どこで生まれたのかも、どんな風に育ってきたのかも、過去のことはまったく分からない。
今回のことで、より明確にその事実を突きつけられてしまった。あの布切れが他人に触られたくない、大切なものだと察することも出来ない。それどころか、汚い襤褸切れだと無下に取り去って捨ててしまおうとしてしまった。
ロズレイドは一匹、己の無力さに震える。
 でも、ここで諦めたら――黙っていたけれど、シンオウを発ってから、マニューラさんから微かに感じる仄暗い危うげな雰囲気、先のボーマンダさんの”二度とあの者に会えなくなるかもしれない”という言葉――悪い予感が止まらない。
ここで挫けたら、きっとよくないことになる。
 ロズレイドはぐっと足に力を込めて震えを抑え、確とその場に座り留まった。


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