第39章


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『鈍間め、右だ』
 足は疲れで痺れ、耳が捉える音は己の荒い吐息に支配される中で、ギラティナの喝だけは容赦なく明瞭に頭に突き刺さってくる。俺は半ば反射的に体を右に舵取り、崩れ落ちてくる瓦礫を避けた。体を乗っ取られて操られているような気分だ。もう足を動かしているのは本当に自分なのかすら分からない。

 初めは霞んで見えるほどだった神殿との距離も、途方もなく巨大な輪郭がはっきりと分かるぐらいにまで近づいてきた。僅かな救いが生まれるその一方で、少し視線を下にずらせば土台になっている高台が絶望的に切り立った高い崖として行く手を阻んでいることもまた思い知らされる。
『左に跳べ』
 思考を中断し、急いで飛びのく。が、少し遅れて刃に掠ったか、平たい尾先の中央が少し欠けて消え飛んだ。
「うぐッ!?」
 荒れた息を押しのけて思わず声が漏れる。着地が乱れて手足が縺れそうになりながらも、何とか持ち直した。幸い切り口は肉にまでは達してはいないようで痛みは無い。欠け方に少々問題はあるが……今は気にしている場合ではない。あの神殿に到る方法を考えねば。

 とはいえ、あんなに反り返った崖をよじ登っていくなど到底不可能だ。自在に空を飛ぶ相手から逃げ切れるわけが無い。
 ――どうすればいい!? 心の中で叫ぶようにギラティナに訴える。
『確かに見事なねずみ返しよな。だが、その立派な反りのお陰で麓には巨大な影が広がっておろう。
 あの忌まわしく煌めく白色の図体をすっぽりと黒く包めそうなほどに大きな影だ』

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