第38章


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「う、くっ……」
 洞窟の一室に漏れ響くマニューラの苦しげな息。
「我慢してください、すぐに良くなりますから。ほら、動かないで」
 宥めるようにロゼリアは優しく囁く。マニューラは歯を噛み締め、うっすらと滲む目で睨むように見つめながら耐えた。そうして続ける内、ひたひたと這わせる手にロゼリアはつい力を込めてしまう。同時に、「ひゃ!」とマニューラから短い悲鳴が上がった。
「あー、もう! しみるんだよ、ヘタクソ!」
 マニューラはもう辛抱堪らないといった様子で、ロゼリアを突き飛ばす。べちゃり、と傷薬の染みた綿が地面で音を立て、ロゼリアはしたたかに尻餅をついた。
 マニューラはニューラ達に肩を貸されながらも無事に巣穴へ帰り着き、自室にてロゼリアの治療を受けていた。部屋の外、階下からはニューラ達が一足先に狩りの成功を祝い、宴会のように騒ぐ声が聞こえてくる。
「いたた……もう少しで塗り終わるんですから耐えてくださいよー」
 腰をさすりながらロゼリアは立ち上がり、落ちた綿を拾い上げる。
「ったく、ご大層に『僕が診る』何て言いやがるから、それはそれはスバラシー手当てをしてくれるのかと思いきや、馬鹿みてーにしみるクソッタレ傷薬を塗ったくるだけたーな。とんだヤブ野郎だぜ!」
「それ以外に道具も施設もないんだから仕方ないじゃないですか。ほら、腕出して」
 ロゼリアは新しい綿を取り出して傷薬を浸し、マニューラに差し出す。マニューラは自分の方に慌てて腕を引っ込め、子供のようにそっぽを向いた。
「もう嫌だ!大体傷なんて、ちょっと舐めてからたくさん飯食ってぐっすりと寝てりゃ治るんだよ」
「ダメです。舐めておくだけで治るような規模じゃないでしょう。さあ!」
 ロゼリアは綿を片手にじりじりと詰め寄り、マニューラはじわじわと後退した。そしてとうとう壁ぎわに追い詰めたところで、ロゼリアはマニューラへ飛びかかる。
「ヒャ、ヒャーン!やめやがれー!」
「ちょ、暴れたら傷口が開きます!おとなしくして下さいー!」
 ばたばたと絡み合うように暴れる二匹。
「何やってんの、アンタ達……」
 不意に掛かる冷ややかな声。二匹は動きを止めてそちらへ振り向くと、軽蔑するような視線を向けたメスのニューラが部屋の入り口に立っていた。


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