第36章


[09] 



 ※

 逃れようとする足に巨大な口に並ぶ鋭い牙が食い込む。
苦痛の悲鳴を上げる間もなく、そのまま瞬く間に体は下へと引きずり込まれていった。
「たべられたー! キャハハ」
 テレビだけが灯る暗い部屋で一匹、ムウマージは無邪気に笑う。
 ドンカラスはヤミカラス達を連れ立って夜の見回りに出掛け、エンペルトは自室へと帰ってしまったが、
ムウマージは飽きる事なく映画を見続けていた。傍らには山のように見終わったビデオが積まれている。
 映画も終盤、主人公らしき人間が巨大鮫の口内にボンベを押し込み、ライフルで狙いを定めた。
銃口が火を吹いた次の瞬間、ボンベが爆発し、鮫は木っ端微塵に吹き飛ぶ。
「あーあ、やられちゃった」
 退屈そうにムウマージはビデオを止め、次のビデオを探すが、好みに合うものが見つからない。
もう既に洋館にあるすべてのホラー映画は見終わってしまい、
残るのは任侠物や録画されたロボットアニメなどあまり興味の無いものばかりだった。
 ちぇ、と舌打ちしてムウマージはテレビの電源を落とす。しかし、スイッチは切れているにもかかわらず、
画面にはぼんやりと顔のようなものが映りこんで消えなかった。
ムウマージは首を傾げて電源のONとOFFを繰り返すが、いつまでもそれは消えようとしない。
 そこでムウマージは前にも感じていた違和感を思い出した。――やっぱりテレビの中に何かいる。
 波長を霊のそれに合わせ、ムウマージはテレビに顔を突っ込むと、狭い空間の隅でうとうとと眠る、
橙色をした小さなゴーストポケモンの姿を見つけた。
「きみ……だーれ?」

 この時、用をたしに目覚めたついでに様子を見に来たエンペルトは開けかけたドアの隙間からその一部始終を見ていたが、
部屋に入ることなくエンペルトはそのままそっとドアを閉めた。きっと自分は寝呆けているのだろう。
目をこすりながらエンペルトは自室へと帰った。
 これから洋館で巻き起こる数々の騒動の前触れとも知らず――。



[前n] [次n]
[*]ボタンで前n
[#]ボタンで次n
[←戻る]




Copyright(C)2007- PROJECT ZERO co.,ltd. All Rights Reserved.