第36章


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 藻掻くのをやめたところで少しずつ滑り落ちていくことには変わらず、
あのトラバサミのような顎に挟まれるまでの間が少し引き伸ばされるだけにすぎない。
『ナックラーの熱烈な歓迎を受けているようだな。親愛なる友としてでは無いのは言わずもがな、か』
「言っている場合か! この状況をどう切り抜ければいい!?」
『騒ぐな。砂の流れが早まるぞ。まだ奴に察知されたくはないが……こうなっては止むをえん。攻撃を許可する』
 今更な攻撃の許可がおりたはいいが、ろくに身動きも取れず圧倒的に不利な状況ということには変わらない。
底は徐々に、確実に迫っている。
 覚悟を決め、俺はナックラーへと電撃を放った。しかし、確実に直撃していたにも関わらず、
ナックラーは少し驚いたような素振りを見せただけで、ほとんど効いた様子は無い。
電流のほとんどは奴には伝わらず、地面へと散ってしまったようだ。
 中々滑り落ちてこない上に獲物の思わぬ反撃を受けて腹を立てたのか、
ナックラーは短い前足で砂を叩いて揺らしはじめ、流れ落ちる速度が早まってしまった。
 更に追い打ちをかけるように状況は悪化していく。聞き覚えのある甲高い声――
ここで足止めをされているうちに追い付いてきた、サクラビスの一匹が、上空からすぐそこにまで迫ってきていた。
 絶体絶命だ。サクラビスを電撃で撃退できたとしても、ナックラーには為す術がない。
『好機が来たというのに何を遊んでいる。お前の腕輪は何の為に付いているのだ』
 俺が引き出せる腕輪の力でどうにかできる状況とは思えない。奴らの頭に間抜けな花でも咲かせろとでもいうのか。
『我が力で補助をする。簡単なイメージでいい。草、蔓だ。魚に向けて放て』
 ええい、ままよと俺は腕輪に意識を集中させ、言われた通りに蔓をイメージしながら大きな力へ心の手を伸ばした。
腕輪は透き通った高い音を立て緑色に輝き、光から数本の太い蔓が伸びてサクラビスの胴へと巻き付く。
『蔓を引け! 決して離すなよ』
 ぐい、と力を込めて蔓を引いてやると、サクラビスはそれに条件反射的に抵抗して逃れようと逆方向へ泳ぎだす。
蔓を掴んだまま砂地を滑るように俺の体は引っ張られ、
逃すまいと食らい付いてきたナックラーの顎を寸での所でかわし、とうとう砂地獄から脱することができた。



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