第36章


[06] 



 安全を注意深く確認し、ゆっくりと祠から歩み出る。
外の光を浴びると、たちまち影の外套はかさぶたみたいにぼろぼろ体から剥がれ落ちて溶けてしまった。
粘液状になった切れ端達は意思を持っているかのように一つに集うと、そそくさと暗がりへと逃げ帰っていく。
『陽光を逆に侵食する程の力は今は出せん。この先、そうそう都合良く物影が見つかるとも限らん、先程のような失態はおかすなよ』

 平和的な世界などではないということは十分わかった。狂暴な魚が空飛ぶ異形の世界だ。
一体、どうなっているのか。ただの幻覚とも思えない。
『左様、幻覚などではない、あの魚共は確かに存在する。お前にとっては陸であっても、奴らにとっては水の中だ。
この世界は、幾つもの空間を重ねて、無理矢理一つの平面に仕立てているのだよ。一枚捲ればまったく別の環境だ』
 幾つもの空間が一つに? さっぱり意味が分からない。
『……言葉だけでは理解できぬだろうな。興味があるならば、戯れに実際に体験してみるがいい。
幾つか意図的に境界が薄くしてある地点がある。あの門をくぐってみろ』
 石組みのゲートの一つをくぐってみるように促され、怪訝に思いながらも近場にあるものに向かった。

 ゲートを潜り抜けた瞬間、砂塵が顔を吹き付け、足裏にサラサラとした砂の感覚が伝わる。
驚愕して辺りを見回すと、緑溢れる高原は、乾いた砂が吹き荒れる不毛の地に一変していた。
だが、神殿や柱等の建造物の位置関係は変わってはいない。
衣装を変えるかのように、景色だけが全くの別物と化している。
『垣間見て、少しは理解したか? ろくな世界ではない。一見して、どのような種族とも同じ地に住める理想郷に見えるかもしれん。
だが、実際は明確な住み分けができず、小競り合いが絶えないのだ。魚と鳥が空で争うなど何とも悪趣味だろう』



[前n] [次n]
[*]ボタンで前n
[#]ボタンで次n
[←戻る]




Copyright(C)2007- PROJECT ZERO co.,ltd. All Rights Reserved.