第36章


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 羽でグラスを器用に摘み、くちばしの端からちびちびとドンカラスはどこからかくすねた安ワインを流し入れる。
だが自室で一羽、それも心配の種だけが肴では酒も不味く感じられ、あまり進みはしなかった。
 ここ最近、洋館で立て続けに起こる様々な現象が部下達から知らされ、ドンカラスの頭を悩ませている。
 その一つが、洋館に住む者達の大勢が寝るたびにうなされる悪夢。それだけならまだしも、決まって全員が同じ内容の悪夢を見ており、
更には悪夢で見た怪物を現実の洋館でも見たなどという話さえ飛び交っている。
 そして、暴走する電化製品。洋館に元から有るものは人間が置き去りにしたまま長年ろくな手入れもされておらず、
他もゴミ捨て場から拾ってきたものが大半のためいつ壊れたとしても不思議ではないのだが、その壊れ方が明らかに普通ではなかった。
電子レンジを使おうとすれば突然炎を吹き出して料理ごと温められ、冷蔵庫は開けた途端に部屋中を凍り付かせるのだと言う。

 今日何度目かもわからないノックが部屋に響く。うんざりした顔でドンカラスはため息をもらした。
「ったく、鍵をかける暇もありゃしねえ。開いてるってんだ! 今度は何でえ?」
 ソファに座ったまま怒鳴りつけると、ゆっくりと扉は開かれた。
 扉が開かれた先に立っていたのは、全身に葉っぱが毛の代わりに張り付いた雪男のような物体だった。
部屋へと入り込むと、ぺた、ぺた、と水掻きのような湿った足音を立てながら、
腕を前に突き出し藻掻くようにしてふらふらとドンカラスに近寄ってくる。
 その見慣れぬ不気味な風貌に、ドンカラスは息をのみ身構えた。化け物を見たという部下達の話が脳裏をよぎる。
「やいやい、何者でえ! それ以上近付いたらぶっ飛ばしてやらあ!」
「ち、ちょっと待って。僕だポチャ。この葉っぱを取ってほしい」
 聞き覚えのある声で葉っぱの怪物は話す。葉っぱのせいでくぐもってはいるが、それは間違いなくエンペルトだった。
「おめえか……驚かせやがって」



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