第29章


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 ピジョンの案内で辿り着いたのは町から大分外れた、火山寄りにある高い崖の上であった。
突き出た岩が丁度屋根のように覆い被さり、これなら下からも上空からも一見しただけではわからない。
 確かに人間には見つかるまい。だが、それと同時に鳥でもなければこんな所には来れん。
 炎ポケモンが居るかもしれないという俺の期待の一つは、脆くも崩れ去ったということだ。
飛べる炎ポケモンなど伝説上の鳥や、野性では極々珍しいリザードンぐらいであったはず。
虫のごとく壁や天井に爪を食い込ませはい回る不気味な炎ポケモンなど、見たことも聞いたことも無い。

 火山に近付き始めた辺りからも仄かに漂っていたが、この少し濁った温泉が上げている湯気からは
より強くそれを感じる。耐えきれない程では無いが、その匂いは温泉というものを生まれて初めて
直に見て体験する俺が近づくのを十分に躊躇させた。
「何なのだ、この匂いは?」
「硫黄と言うらしい。別にお湯が腐っているわけじゃあない、安心して入っていいぞ。
いらないのなら、一番風呂は俺がいただこう」
 そう言うとピジョンはお湯目がけ駆け出し、ザブンと音を立て飛び込んだ。顔に跳ねたお湯を羽で
払うと、いかにも極楽といった風に顔を緩ませ息を吐いた。
 むう……。何故かはわからんが、一番に入るのを取られたら損をした気分にさせられた。
 こうしてはいられない。今は二番手に甘んじてやる。が、それ以下になることは己が許さん。
 湯に駆け出そうとマントを脱ぎ捨てると、不意にロゼリアと目が合った。

 ――この目、俺と同じく狙っている。飢えた者の目だ。
「ここは俺に譲るべきだとは思わないか、ロゼリア?」
「思いませんねえ。勝負は男の世界。上下関係なんて紙屑以下の価値しか有りませんよ」

 権力による圧力は効かない。こうなれば実力で奪い取ってやるしかあるまい。
何があろうと冷静につとめるようにしている俺でさえも熱くさせる何かが、あれにはある。
 そして、進化してから一段と小賢しくなってきているこいつに、威厳と実力差というものを見せ付けてやる。
 帝王はこのピカチュウだッ! 依然変わりなくッ!



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