第五章


[05]罠C


城壁の内部には細い通路と、監視用の細長い部屋が作られている。

サイクレスは監視台が据えられた外城壁の上から、通路に続く階段を駆け下りて行く。

「どうするのですか?」

後ろに付いてきた蒼が、広い背中に声を掛けると、その肩が一瞬躊躇したように震えた。

「サイクレスさん?」

「・・・・地下道だっ」

そして速度を上げた。

「・・・・・地下道?」

負けじと足を速めながらも、わけが分からず首を傾げる蒼。

「この皇城の下には無数に地下道が走っている。現在の用途は様々だが、緊急時には城外への脱出路となるよう、全て繋がっているのだ」

走りながら手短に説明するサイクレス。

二人は外城壁の内部に作られた通路を走る。
玻璃の門と瑠璃の門の間の城壁は繋がっている為、通路も一本道だ。

城壁担当の宿直隊員は玻璃、瑠璃から二人ずつ、門を挟んだ二つの通路を一定の時間を掛けて見回る。そしてそれぞれの通路の中間地点で互いの状況を報告し、自分たちの門へと戻る。
夜間これを延々繰り返すのだ。

先程一人目と遭遇した。玻璃の門へ戻ってくる途中だった隊員は、猛然と走ってくるサイクレスに驚き、慌てて壁に張り付くように道を開けた。

サイクレスは、そのまま声を掛けることもせず、通り過ぎてしまう。
蒼の方は気になって振り返ったが、付いて行く為集中せねばならず、結局同じように走り去る。

「なぜ、そんなことを、貴方、が、知って、いるのですか。緊急、脱出路なんて、国家、機密、でしょう、に」

走りながらの質問は、途切れ途切れだったが、音の反響する通路、充分聞こえる。

「・・・・・・・・」

だがサイクレスは応えない。その代わり、また速度を上げる。

これではもう、蒼にも話す余裕は無くなり、二人は風のように通路を駆け抜けていった。








ヴィクトリアン=ラーゼンは近衛連隊第二中隊の隊員である。所属は第五小隊。主に情報伝達、通信の役割を担う部署だ。

実戦ともなれば、各所の伝達役として戦場を走り回ることになるが、平常任務に部署の分け隔てはない。
今日は第五小隊が宿直当番だった。

入隊して三年。まだまだベテランには程遠いが、剣筋は良くなり確実に腕は上がってきている。
何より、最近彼の敬愛する上官、ヘーゲル中隊長から反応が速いと誉められた。

若いヴィクトリアンにとってサイクレスの存在は憧れだった。

鍛えあげられた長身に、男も見惚れる整った容姿。普通より遥かに大きな長剣を軽々と操る様は、芸術的とさえ言える。

そんなサイクレスから誉め言葉を貰い、ヴィクトリアンはここの所すっかり有頂天だった。

しかし、そのサイクレスは今、隊を不在にしている。愛用の長剣も執務室に置いたまま。その行方は誰も知らない。

最後に目撃されたのは副隊長の執務室から出てきた姿。
連隊長が拘束されて以来、ずっと思いつめた厳しい顔つきだったが、その時は殺気さえ感じられたとかで、目撃した第一中隊の者は誰も声を掛けられなかったらしい。

「第一中隊の腰抜けめ。僕がそこにいたなら、そんなことにはならなかったのに」

中隊長は表情こそ険しいが、人に当たることなどない、高潔な人格者なのだ。

「中隊長、一体どちらに居られるのですか」

瑠璃の門へと向かいながら、ヴィクトリアンは敬愛する中隊長に思いを馳せる。

その中隊長が、猪のような勢いで背後に迫っているとも知らずに。







「ラーゼン!!」

突然、通路に怒号が響いた。声は壁や天井に反響し、まるで獣の叫びのようにこだまする。
ヴィクトリアンは驚き全身を打たれたように飛び上がった。

「そこをどけっ」

今まで聞いたこともない荒々しい声は、敬愛する中隊長のもの。
それが一瞬でわかったヴィクトリアンは驚きつつも体をひねり、通路を開ける。
誉められるだけのことはある反射の良さだ。

サイクレスを追い掛け、前に集中していた蒼が密かに感心する。

「反応が速いぞ、ラーゼン。今から急ぎ第二中隊を召集し、玻璃の門へ向かえ! 武器の携帯を許す」

走りながらのノンブレスという驚異的な肺活量を披露して、サイクレスは指示を出すと速度を緩めずヴィクトリアンの前を走り去る。

「陣形、は、門、を、背にした、半円、形が、効、果的、です」

全速力で声を出すのは非常に苦しい。
途切れる息の合間に何とか言葉を紡ぎ出した蒼が後に続く。

取り残される形となったヴィクトリアンは、見る見る小さくなって行く二人の背中に向けて、

「承知しました!」

元気いっぱいビシッと敬礼したのだった。

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