第五章


[06]罠D


皇城は広い。

それを囲む外城壁ともなれば外周は優に十キロ近くに及び、全速力で駆け抜けるにもかなりの距離だ。

だが二人は速度を緩めない。若い隊員ヴィクトリアンを抜いてから一言も話さず、走ることに集中する。

と、瑠璃の門まであと数十メーターのところで、サイクレスが突然急停止した。

「わぁっ」

ぶつかりそうになり、慌てて踵でブレーキを掛ける蒼。何とか衝突は逃れたが、勢い余ってサイクレスの脛を思い切り蹴りあげてしまう。

「ここだ」

だが、気を張り詰めたサイクレスの痛覚は完全に麻痺しているようで、全くの無反応。

「地下への扉だ。ここから第二中隊兵舎の下を通る水路に入る」

眼前の壁を指す。

しかし、そこにあるのは普通の石壁で、他の部分と何ら変わりはない。

「・・・・・・・扉?」

見ただけではわからなかった蒼が首を傾げる。

「勿論隠し扉だ」

サイクレスはそう言うと、屈み込んで床と壁の接合部分に手を伸ばし、ほんの少し飛び出ていた壁石を、力を込めて引き抜いた。


ガコン


その瞬間、ぎっちりと積み重なっていた石壁が引き抜いた縦一列分だけ下にズレる。
よく見ると積まれていた壁石同士に僅かに隙間が出来ている。
だが壁が崩れてくる様子はない。

「何故隙間が出来るんです?・・・・ああ」

興味を持った蒼が覗き込むと、石と石の隙間から棒のようなものが見えた。

その箇所だけ壁石に縦に穴を開け、鉄の棒が通されていたのだ。

「石の穴は上部から下部に向かい狭くなる。そして支柱となっているこの棒には、等間隔で突起が取り付けられていて、一番下の石が嵌っているときは全体が上がり石はかっちりと積まれるが、石を抜くとそれぞれが下がり、下の穴に突起が引っ掛かって間に隙間が出来るんだ」

「ほう、すると、後はこの石を回転させればいいのですね」

そう言って、蒼が隙間の出来ている壁石を押してみる。すると、石は意外と簡単に半転した。

「蒼殿は勘がいいな」

サイクレスも高い所の石を回転させる。
全ての壁石が半回転すると、人が何とか通れる幅の隙間が黒々と開いたのだった。

「よく考えましたねぇ」

感心する蒼。

だが元々そんな時間はない。

「では行くぞ。階段を降れば城壁の地下に通っている水路は直ぐだ」

サイクレスは隙間に身を滑らせていった。





ザアアアァァァ


水路は生活用水を城に引く為、今も普通に使われている。

下水は更に下を流れ、また水路は本来城の中に入り口が有り、点検の際に使われていると説明するサイクレス。

川のように水が流れる水路の横に作られた石床の通路は湿気でジットリと濡れ、滑るので全速力で走ることは出来ない。
その分会話の余裕が生まれていた。

それでも出来る限り足を早め、蒼が話しかける。

「貴方は何故そんなに詳しいのですか。一体何者です」

通路の経路が一般に知られれば、それは皇王の首に剣を突きつけられたのと同じだ。
エナルを狙う各国がこぞって攻め入って来るに違いない。

それ程に重要な秘密。今潜ってきた隠し扉は、蒼が抜けると直ぐにサイクレスが閉じてしまった。

水路側に床と壁の境目から足踏み用の杭が出ており、サイクレスはそれを踏みてこの原理で浮かんだ壁石の隙間に素早く石を挟み込んだのだ。

「貴方はあれ程判りづらい扉を迷わず見分け、扉の閉じ方も心得ていた」

蒼からは、走るサイクレスの背中しか見えず、どんな顔をしているかは分からない。

また水路は真っ暗ではないが灯りが乏しく、どちらにしてもサイクレスの輪郭が捉えられる程度。

水路の所々に光が差し込んでいるのは、増水時の水抜き用に作られた穴だ。防犯用の外の灯りが漏れ零れてくる。

「・・・・・・・・」

サイクレスは語らない。

蒼は別にサイクレスの事情などどうでもよかった。
だが自分がこれから引き受けるかもしれないのは皇位継承者争いが絡む依頼。いわゆるお家騒動だ。

となれば皇族の、ひいては国の重要機密を握るサイクレスをそのままにしておくことなど、とても出来ない。

内情を知らずに毒薬を渡すことは蒼の信条が許さないからだ。

「先程灰が言っていた、貴方の名に関係あるのですね」

もはやそれしか考えられない。

暗い上、走っているので殆どわからなかったが、蒼の言葉にサイクレスの背中が微かに震えた気がした。

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