第四章


[06]策士D


「では客人の方々、こちらへどうぞ」

言葉は丁寧だが適当な調子で声をかけ、灰はさっさと歩き出す。

所狭しと置かれた鉢植えの境目には、小道のように通路が通っている。

「客人だなんて思っていないでしょうに」

苦笑いのような口調で蒼が後についていく。サイクレスもそれにならった。



温室はまるで、小さな森だ。
大小様々な鉢は一見無造作に置かれているが、不思議な調和を作り出していた。背の高い木々の根元に茸が生えている鉢もある。
まるで植物たちがその場所を自ら選んでいるようだ。

背の高い木々の隙間を抜けると、ゆったりと腰掛ける革張りの長椅子と一人掛けの椅子、小さなカフェテーブルが置かれていた。

家具は室内用だ。改めて野外ではないことに驚かされる。

「楽にしてくれ。すぐにお茶を持ってくる」

そう言うと灰は一人掛けの椅子に優雅に腰を掛けた。
蒼とサイクレスはソファに並んで座る。

「灰殿、気になったのだが、何故愛姫たちは蒼殿の髪や瞳の色がわかったんた?」

この姫館魅煉に来てからずっと疑問に思っていたことだ。

今まで出会った誰も、蒼の変装に気づくことはなかった。
しかし、この姫館の愛姫たちは、当たり前のように蒼の髪と瞳の色を見破っている。
それこそ外套の色が珍しいことに気付くのと同じくらい簡単に。

「ああ、ここの姫たちはみな変わった能力を持っておるのでな。いわゆる特殊能力者というやつだ」

「・・・・・・・特殊能力者」

それは皇位継承者争いが勃発してから各派閥が目の色を変えて探し、取り込もうとしている者たちだ。

能力は様々で、生まれつきの者もいれば、毒操師のように資格としての能力もある。

「魅煉の愛姫全てが?」

サイクレスは目を見開く。

一般的に特殊能力者は稀少だ。1都市に一人存在するかどうかといってもいい。
それがこのようなところに集団で居るとは。

「そうだ。サイクレス殿、他言無用にな」

サイクレスの驚きを受け、灰は釘を刺す。

「え?」

「ここの姫たちは、みな能力故に辛い思いをしていてな。
姫館に売られる娘は多いが、あの子たちは親から化け物扱いをされ、金ではなく存在を疎まれて売られてきた。
娘たちは裕福な商家の出など、生活に困らないところも多い」

痛ましげに眉を顰める灰。

「・・・・・・・・」

とてもそんな風には見えなかった。姫館にくるのだから、皆それなりに理由があるには違いないが、親に疎まれるというのはどれほどに辛いことだろう。

「・・・・・・しかし、今ならばどの派閥からも優遇される。何も体をひさぐ事は・・・・・・」

特殊能力者は現在特別待遇だ。雇われれば破格な給金が貰える。
姫館で体を売らなくても一生食べていけるだけの財産が手に入るのだ。

「そして皇位継承者争いが治まれば、また厄介払いされるのか? 緋のように」

灰の声が厳しくなった。

「なっ、そんな、緋殿は厄介者になど・・・・」

「なっているだろう。アドルフ皇王に散々利用され、必要がなくなったからと払い下げられた。実際、皇王にとって緋の行く先などどこでもよかったのだ。
近衛に来たのは王に近い場所で、必要なときに呼び戻せることと、ジュセフ皇女が若かりし頃のアドルフ皇王に似ていることがせめてもの慰めになればと、皇王が多少の気を回したに過ぎない」

「あなたに陛下の真意など・・・・・・・・・」

こんな街の一角の愛姫に何がわかる、サイクレスはそう思ってしまった。
だから灰の次の言葉に心の底から驚愕した。

「真意も本意もない、本人がそう言っておったのだからな」

「なっ 今、何と?」

耳を疑う。

「サイクレス殿、私はアドルフ皇王自身から、緋の進退についての話を聞いたのだ」

「そんなまさか。何故」

言葉が続かない。

理解出来ない。エナルを半世紀も治めてきたアドルフ皇王陛下が一介の市民、しかも愛姫と話をするなど。

「灰は単なる愛姫ではありません。先程も言いましたが、毒薬の材料製造者であり私たち毒操師の管理者なのです」

「正確には監察士という。まあ、役割は管理と変わないが」

「監察士・・・・・・」

初耳だ。毒操師のことだって緋と蒼しか知らないのだ。よくわからないことの方が多い。

「監察士は規約に従う毒操師たちが、逸脱した行動を起こしていないかを監視する。
毒に魅せられる毒操師は多い。毒を操っても毒に操られてはならんのだ。
私はそういった毒操師たちの処罰と資格の剥奪について、本部に報告し、審議に参加する権限も持ちあわせている。
そしてもう一つ、私には役割がある」

灰はサイクレスと蒼を見据えた。
薄い灰色の光彩は色を感じさせず、黒い瞳だけが灯りに照らされ浮かび上がって見える。

「役割・・・・・・・」

サイクレスはずっと圧倒されていた。灰の白い肌も髪も艶やかな張りがあり、どう見ても二十代にしか見えない。

しかし、相対するほどに身にまとう空気は重さを増していく。
何十年も生きた老婆の風格すら感じてしまう。

「私の役割は未登録に毒薬を扱うもの、毒屋の取り締まりだ」

「つまり、貴方を危機に陥れた毒薬の製造者のです」

サイクレスは再度目を見開いた。

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