第四章


[05]策士C


「お前か、蒼」

「ご無沙汰してます。お元気でいらっしゃいましたか?」

やや憮然とした相手に相変わらずの調子で蒼が挨拶をする。

だが、隣に立つサイクレスはそれどころではない。唖然としてその佳人を見つめている。

白い肌、白い髪、白い服。
まるでそこだけ色が抜け落ちたかのよう。

姫館最奥の部屋の主は、人にあらざる雰囲気と危うい美しさを持った、稀有な女性だった。




「サイクレスさん、この方が姫館魅煉(みれん)の最古参の愛姫、ユアン姫です。別名は・・・・・・・・・・」

「灰(かい)だ。古参とはよくも言ったな。
お連れの方よく来てくれた。
サイクレス・ティス=ヘーゲル殿だったか?」

「えっ な、名を?」

驚くサイクレス。

対して、白い佳人はゆっくりと頷く。

「勿論知っている。近衛の中隊長殿は有名であられるからな。うちのお客様にも近衛連隊の方がおられるし。噂はかねがね伺っている」

どんな噂だろう、気になるが問題はそこではない。

「いや、俺の名は」

「ああ、ティスは返上されたのであったな。あなたが幼き頃に。
兄上の無念、聞き及んでいる」

本物だ。
意味もなくそう思った。

この女性は紛れもなく事情を知っている。自分の昔の名を待ち出したのは事情を知らない人間の興味本位でも、ましてや当てずっぽうでもない。

サイクレスの内に畏怖の念が湧き上がった。

「そう固くならずに。私は昔の出来事をほじくり返す趣味はないし、そんな気も毛頭ない。昔の名を持ち出したことが気に入らなかったのであれば、謝ろう」

低い声。どこか遠くから響いてくるような、それでいて落ち着いた音色。

この人の声は音楽に似ている。

「灰は情報通なんです。ただし情報屋ではないので気紛れにしか教えてくれませんが」

蒼が傍らの花木に手を伸ばす。小さな黄色い花を付けた、成人男性くらいの高さの木だ。

「何だか不満そうな言い方だな」

「とんでもない。いつも感謝してますよ。あなたがこうやって薬草を栽培してくれるお陰で、緊急時にも材料の調達ができる」

「え?」

栽培?
新たな事実に驚くサイクレス。

「栽培って、じゃあ、これ全部・・・・・・・」

「はい、毒薬の材料です」

「えええっ」

この一面の樹木が全て毒・・・・・・・・・。

くらくらする。何だか息苦しくもなってきた。

「大丈夫ですよ。匂いを嗅いだだけで効果が出るようなものは隔離してありますし、基本的に精製して調合しない限り毒物にはなりません」

「確かに大半はそうだな。時たま劇薬も混ざってはいるが」

灰が恐ろしいことをサラッと言う。

「毒草・・・・では、あなたも毒操師なのか?」

サイクレスに問われると、灰は俯き加減だった顔を上げ、真っ直ぐに見つめてきた。

その瞳は灰色。色素が薄い光彩は、光の加減で銀にも見える。

「厳密に言うと違うな。私は毒薬の調合、製造を生業にはしていない」

首を振る灰。真っ直ぐな白い髪が肩口を滑り落ちる。

「灰は腕のいい原料生産者なんです。そして我々毒操師の監視役でもある」

誉める口調も淡々と、蒼が簡単に説明する。

「お前のほめ言葉は気持ちが入っておらん。大体薬草の依頼は手紙ばかり。感謝している割に誠意が感じられんわ」

鼻の頭にシワを寄せる灰。

「心の中にこそ真実があるものですよ。表に出さなくて奥ゆかしいでしょう?
灰、そんな顔をすると老けますよ?」

「・・・・そういうことを言うからお前は嫌なのだ」

益々しかめ面を作りかけたが、蒼の言葉を気にしてか平静を装いシワを消す。

「・・・・・・・めったに顔も見せないお前が、一体何のようだ」

気まずさを隠す為か、灰の方から本題を切り出す。

途端、蒼はスッと口元の笑みを消した。

「エナルを拠点にしている毒屋について」

「・・・・・ほお」

灰の様子も変わった。
空気が張り詰める。

「動いた奴がおるのか」

「まだ何とも言えませんが、単なる素人の可能性もありますね」

「そんな単純なものなのか?」

「いえ、ある程度の知識は必要でしょう」

「なるほど・・・・・・・・ターファ、クイン、スフェル」


「はーい、ユアンさん」
「お呼びですかぁユアンさん」
「何ですかー」

先程案内してくれた愛姫たちが応える。

声はすぐ近くでした。どうやら二人の後ろに控えていたらしい。

話に集中していたとはいえ、サイクレスには全く気配が感じられなかった。

「お前たち、お客様にお茶を用意してもらえんか」

張り詰めた空気を緩ませ、お使いを頼む灰。

「はーい」
「はーいはーい、私いきまあす」
「はーい、私金目銀目さんにお菓子出しま―す」

あどけない愛姫たちは、重厚な扉を開くと、きゃわきゃわ廊下を駆けていった。

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