第二章


[02]旅路A


「すっかり日が落ちましたねぇ。今日はこの辺りで野宿でもしますか。
明日早朝に出発すれば、夜には城下町に入れるでしょう」

そう言って手頃な木の窪みを見つけ、肩に担いだ荷物を降ろす蒼。

「しかし、急がないと・・・・・・・・・」

一方、サイクレスは渋面だ。
予想に反して蒼の足は早く、ここまで順調に歩いて来た。

とはいえ出発したのは昼過ぎ、もう少し先に進みたい。

「ですから、焦っても状況は変わりませんって。
それより、貴方の愛馬と貴方自身の疲労回復を優先させたらどうですか?」

蒼は背負っていた大きな袋を開け、何やらごそごそと掻き回している。

「馬はともかく私に疲労など溜まっていない」


ヒュッ


むっとして反論するサイクレスに向かって、蒼は袋から取り出した物を軽く投げた。

パシッ

顔めがけて飛んできたそれを思わず受け止める。

手を開くと茶色い小さな瓶だった。たぷんと微かに液体の音がする。

「疲労回復薬です。滋養強壮剤ともいいますか」

手のひらに収まる茶色い瓶は、蒼の店にあったものと同じだ。
やはりラベルも何も貼られておらず、中身はわからない。

しばし無言で見つめる。

「心配しなくても毒薬なんかじゃありませんよ。神経や筋肉の疲労を和らげる効果があります。
貴方、一晩中馬を走らせて来たんでしょう。一睡もしていないようですし」

怪しいものを見るような目つきになっていたサイクレスは、まだ袋をごそごそしている蒼に反論する。

「だから、私は疲れてなどいないと言っている。大体軍人が1日や2日眠らないくらいで参っていては話にならない」

実際、サイクレスは疲れを感じていなかった。上官の危機救済と蒼をエナルまで送り届けねばといった使命感が、彼の神経を張り詰め、感覚を鈍らせている。

「そう言われましても、目は充血してますし、顔色もよくありません。どんなに頑強な人間でも休息は必要です。
まあ、騙されたと思って飲んでみてください」

「む・・・・・・」

そこまで言われ、サイクレスは改めて手の中の瓶と向き合う。

どうということのない茶色の小瓶だ。中に液体が入っている以外何もわからない。

「・・・・・・・・」

蓋を開けてみる。

やはり中身は見えない。しかしほんの僅か、甘いような芳香が鼻先を掠めた。

「一気にどうぞ」

促す蒼。

サイクレスはしばらく考えている様子だったが、意を決したのか、小瓶に口をつけると一気に煽り、中身を飲み干した。

「っ!」

とろりとした甘さが口いっぱいに広がる。

甘いものが得意ではないサイクレスには厳しい甘さだ。反射的に口元を押さえ、何とか飲み込む。

甘い液体が喉を通り、体の中をゆっくりと降りていくのがわかる。

それとともに体がじんわり温かくなっていく。
効果の程は良くわからないが何だか効きそうだ。

「すまない、ありがとう。効いた気がする・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」

蒼に瓶を返そうと一歩踏み出した途端、視界がぐらりと揺れた。

「・・・・・な・・・・・に」

立っていられない程の眠気が急激に襲ってくる。まばたきすると同時に、意識が引きずられ、瞼が開かない。

たまらずサイクレスは膝をつく。
そして必死に蒼を見上げた。

「貴方には休息が必要ですよ」

蒼の殆ど見えない顔。その口元は微笑をたたえていた。

出発前に垣間見た、蒼の素顔が重なる。

「・・・・・な・・・んて、・・・・・・う・・・つ・・・・・く・・し」

サイクレスの意識はそこで途切れた。

眠りに落ちるサイクレスの脳裏には、柔らかく微笑む蒼の顔がはっきりと浮かび上がっていた。

その双眸は金と青、左右色違いの金目銀目(ヘテロクロミア)であった。

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