第二章
[03]刺客@
地面に倒れ臥したサイクレスに、手綱を放された愛馬が心配そうに鼻面を近づける。
当のサイクレスは柔らかい下草の地面に頬をつけ、固く目を閉じてぐっすりと眠っている。
「心配しなくても大丈夫ですよ。ご主人は疲れて眠っているだけですから」
自分が強制的に眠らせたにも関わらず、しれっとそんなことを言う蒼。
袋からもう一つ同じ小瓶を取ると、蓋を開け中身を数滴手の平に垂らす。
「君も疲れたでしょう。お飲みなさい。ゆっくり休んだら、明日には元気になれますよ」
主人を鼻先で揺さぶっていた馬の手綱を取って首を上げさせ、その鼻の下に薬を落とした手の平を近づける。
馬はふんふんと匂いを嗅いだ。
「大丈夫、倒れたりしないですから。ご主人は聞き分けが悪そうだったので、普通の十倍の量を飲んでもらっただけです」
ひどいことを言うその言葉を理解したのか、宥めるように首を撫でる蒼に安心したのか、馬は薬をペロリと舐めた。
一度舐めたら、美味しかったらしく何度も蒼の手の平を舐める。薬はあっという間に無くなってしまった。
「そう、いい子ですね。
って、こらこら、そんなに舐めてももうありませんよ。くすぐったいです」
馬から手を取り返し、蒼は馴れた手付きで馬の鞍と手綱を外してやる。
「もうお休みなさい。明日は頑張ってもらうことになりそうですから」
優しく優しく首と背中を撫でてやると、薬が効いてきたのか、リラックスした馬は膝を下り、首を傾けて目を閉じた。
馬が眠りにつくと、蒼はサイクレスの落とした瓶を拾い上げる。
「さて、これでやりやすくなりましたね」
呟きは小さくて、誰の耳にも届かなかった。
辺りは静寂に包まれ、サイクレスの規則正しい寝息と馬の鼻息しか聞こえない。
時折吹き抜ける風は、南西から吹いている。
「さて、夜は冷えるから薪でも拾ってきますか」
すっかり寝入っているサイクレスに毛布を掛けてやると、蒼は独り言を言ってサイクレスと愛馬が眠る下草の生えた小さな広場から、ぐるりと囲むように伸びている木々の間を分け入っていく。
その手には小瓶が2つ、手の平に押し隠すように握られていた。
パチパチ
焚き火が小さくはぜる。
緋色の炎は休みなく揺らめき、辺りを明るく照らす。
鮮やかな赤。命そのもののような輝きは、緋の称号を持つ、かの人に似ている。
「・・・・・・あなたは私に何をさせるつもりですか?」
緋色の輝きは、ひっきりなしに新しい炎を生み出していくが、焚き火の傍らに座り込み、じっと炎を見つめる蒼の問いに答えてはくれなかった。
バサッ
どこかで葉擦れの音がした。
バサッ
パサッ
ポスッ
立て続けに音がなる。
「ニ、三、四・・・・・・・」
音の数を数えているのか小さく呟く蒼。
ゴッ
鈍い音がした。
「・・・・・・・・おやおや、お気の毒に」
それからも幾つか、同じような音が聞こえ・・・・・・・・・やがて静寂が訪れた。
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