第一章


[06]暗殺者E


「皇女を罠に嵌めるにしては、脚本が余りにお粗末ですね。
それで、嫌疑を掛けられてる緋と皇女はどうしているのですか?」

「お二人は、皇城の塔に拘束されている」

「倒れた夫殿は?」

「薬師と祈祷師が治療にあたっているが、未だ意識が戻られない」

うなだれるサイクレス。三人とも守るべき主だ。誰も救えなかった無念に強く拳を握る。

「祈祷師?薬を盛られたんでしょう?全然関係ないじゃないですか」

祈祷師とはその名の通り拝み屋だ。
何かに取り憑かれた人々に祈祷を施し、何かを追い払うという、怪しい職業である。

「ジュセフ様と緋殿は事件後直ぐに拘束されてしまい、実際のところどのような毒なのか、本当に毒薬だったのかすら特定出来ていない。
それに、ディオルガ様は国中の人々の前で倒れられた。民には毒が原因などと知られるわけにはいかないからな」

「なるほど、偽装も兼ねてですか。
それにしても祈祷師とは現実的ではないですが・・・・・。
しかし、毒薬か特定できていないのに拘束とは、随分用意周到ですね」

ローブから出た長い指が細い顎を掴む。何やら考えているようだが、やはり表情はわからない。

「だから焦っている。このままではまともな審議もされず、ジュセフ様は失脚させられてしまうかもしれない。緋殿諸共」

エナル皇国の審議会は通常三日に渡り開会される。

初日は事実関係の確認、物的証拠と状況証拠の審議。
二日目は被疑者心理と背景。
そして最終日の三日目には、2日間で明らかになった事項から事件全体を再検証し、真偽を見極める。
つまり、3日間で判決が出てしまうのだ。

「それで、審議会はいつなのですか?」

「四日後だ」

「それはまた。事件から賞味十日とは、本気で用意周到ですね」

「だから焦っていると言っている。
こんな、こちらが何もわからない状況で審議が始まれば、ジュセフ様と緋殿に不利な証拠ばかり出てくるに違いない。
でっち上げられて!」

サイクレスは激情のまま、テーブルに拳を叩きつけようとした。

しかし、その手がテーブルに触れる寸前、傍らより伸ばされた細い腕に受け止められる。

革手袋をしたゴツい拳が蒼の薄い左手の平に当たり、パアンと高い音を立てた。

「あっ」

無意識だっただけに受け止められ、サイクレスは驚き我に返る。

「そんな破壊力満点な攻撃を加えたら、木っ端みじんになってしまいますよ」

小さなカフェテーブルは優美な足で支えられた木製だ。
サイクレスの一撃に耐えられるとはとても思えない。

「すっ、すまない。大丈夫か?」

焦るサイクレス。蒼は脆弱ではないようだが華奢だ。手袋をした拳を受け止めて平気なはずがない。

慌てて手をどかすと、テーブルの上の白い手の平に特に変化はない。

よくよく見るとうっすらと赤くなり、拳の跡も付いている。しかし、細さに反して蒼の手の平は皮が厚くなり、堅くなっていた。

「常に毒薬を扱っていますと、最初は皮膚が荒れますが、そのうちあまり感じなくなるんですよ」

視線を受け、右手で左手の平をさする。

とぼけているが、目の前の人物は紛れもなく毒操師なのだ。

「・・・・・・そうか、しかし本当にすまないことをした」

改めて頭を下げる。生来真面目で実直なサイクレスは、非を素直に認められる美徳を持っていた。

「いいですよ。別に何ともないですから。
しかし、貴方に暗殺者は無理ですね」

「なっ!」

唐突な話題転換で図星を刺され、思い切り反応してしまった。

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