第一章


[07]暗殺者F


「そんなに驚かなくても。そこまであからさまに黒づくめで、軍人なのに剣ではなく暗器を持ち、私に毒薬を依頼する。
どう捻っても暗殺者しかないでしょう」

「・・・・・・・・」

二の句が接げない。

「大方、今回の騒動の黒幕に目星を付けて暗殺するという手筈なんでしょうが、明らかに人選ミスです」

蒼は動揺するサイクレスをさっくり斬った。

小さな椅子が窮屈そうな並外れた長身に、しっかりと鍛え上げられた体。
それだけで人目を引くに充分だが、加えて闇夜でも輝きそうな冴え冴えとした銀髪だ。

目立つことこの上ない。

また険しい表情は整った容貌だけに大迫力で、何十人といる中でも埋もれない独特の雰囲気を持っている。

つまりは暗殺者の必須とも言える条件が満たせていないのだ。


暗殺者は、目立たない容姿と人に警戒心を抱かせない雰囲気を持ち、体格も中肉中背かいっそ小柄がいい。

間違っても、いるだけで人に威圧感を与えるような人間は駄目だ。

また、暗殺者としてサイクレスには決定的に向いていない所があった。

「見た目にも問題はありますが、何より貴方、スレて無さ過ぎです。
貴方、本当に標的を発見したら毒薬なんて使えますか?」

神妙な顔のサイクレスはその言葉にギュッと表情を引き締め、姿勢を正す。

「お三方の為だ。勿論出来るに決まっている」

「黒幕ですよ?貴方の上官を陥れたんですよ?
暗殺なんてしたら真相は永久に闇のままです。
それに暗殺という手段を取るということは、ジュセフ皇女と緋にも少なからず後ろ暗い何かがあるのを認めることにもなります。
いくら自然死を装う毒があるからと言って、都合良く人が死に、そのことによって審議会が有利に進めば、ジュセフ皇女の疑いは潔白であっても消えることはありません。
貴方、それに耐えられますか?」

「・・・・・勿論だ」

「今、考えましたね?」

「む、そんなことはない」

「言い訳がましいですが」

「そんなことはないと言っている。フレディス副長の計画に間違いはない!
・・・・・あっ」

「だから、貴方に暗殺なんて無理なんですよ」

蒼は、口を滑らして固まっているサイクレスをそのままに、再度カップを持ち上げると中身をゆっくり飲み干した。

「フレディス・・・・・近衛連隊副隊長、ジュセフ皇女の副官ですね。なるほど、近衛連隊にも裏技系がいらっしゃるようです」

「それは・・・・・」

「貴方が発案したんじゃないとは思ってましたが。何せ、誰よりも正面切って相手の屋敷に乗り込んで行きそうですから」

「そんなことは・・・・・・・・・・」

無いと言えない正直者のサイクレス。
俯いて口をつぐむ。

「もう黒幕の目星はついているんでしょう?」

「・・・・・・・」

もはや貝になりたい。

だが、蒼はあくまで追求する。

「でも証拠が揃わない。時間もない。その為手段を選ばず暗殺。
よくあるとまでは言いませんが、切羽詰まって出てくる案としては珍しくないですね。毒薬の依頼にもその手のものは結構ありますから」

珍しくないと言われ、サイクレスは顔を上げる。

「そう、なのか?私は思いもつかなかったが」

「それは貴方が直情径行で、馬鹿正直だからでしょう。私の元に訪れる方は貴方とは真逆です。
まあ、大体にして毒薬を頼ろうなどと思う輩はろくなもんじゃありませんが」

「・・・・・あなたは、本当に商売をする気があるのか?」

依頼客に向かって随分な物言いだ。

「私のモットーはラクしてトクとれ、です。陰謀めいた依頼で作る毒薬なんて割に合いませんよ」

ケロリとそう答えつつ、蒼は椅子から立ち上がった。

「何にしても、この依頼をお引き受けすることはできません。貴方からでは」

「えっ!?」

ローブの裾をさばき、茶器セットを片づけると蒼はカウンターの向こうに移動する。

「毒薬使用の発案者は貴方ではなく、貴方自身その考えに賛同出来ていない。我々毒操師には依頼人の毒薬使用を認めるという責任があります。少なくとも、使用発案者からの依頼でなくては引き受けられません」

淡々と、現れた時から変わらないのんびりした口調。しかし今は冷たく感じてならない。

「そんなっ、今からエナルに戻ってフレディス副長を連れて来るなど、とても間に合わない。このままではジュセフ様と緋殿が」

椅子を蹴倒さんばかりに勢いよく立ち上がったサイクレスは、必死さの浮かぶ深い藍の瞳を蒼に向ける。

「そんな顔をしてもまかりませんよ。依頼人本人が出向くのは、毒操師への正式な依頼の必達要件ですから」

一度向けた背を半分だけ振り返り、蒼は仁王立ちのサイクレスを見た。

大きな体に似合わない懇願するような澄んだ瞳。


「・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

無言のまま睨み合いが続く。と言っても蒼の目は見えない。

「・・・・・だから割に合わないというんです」

パサリ

諦めたような呟きとともに、蒼は目深に被っていたフードを下ろした。

青いフードの下からボリュームのある黒と金の巻き毛が現れる。

漆黒の闇に浮かび上がる黄金の川の流れ。毛束ごとに漆黒、黄金と色を変え、鮮やかなコントラストを織りなしている。

艶が少ないと思われたのは、余りに純粋な黒と金だった為、黒髪が光を吸い込んでいるように感じてしまったのだ。

「仕方がありません。出張に出向くとしましょうか」

髪をかきあげながら蒼はゆっくりと振り向いた。


厚い前髪の向こう、サイクレスは今度こそ大きく驚愕したのだった。

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