第一章


[05]暗殺者D


「才気も力量もある女騎士ですか。色々と敵が多そうですね」

「実際、ジュセフ様が近衛軍の連隊長に任命される前は、暗殺の類が日常茶飯事だったそうだ」

まだ政治的権力のなかったジュセフは、だが隠せぬ程に才気溢れる少女だった。
御しづらい皇女だと貴族連に敬遠され、暗殺者を差し向けられたことなど数え切れない。

だが、連隊長になってからはヘタに手出ししようものなら返り討ちに合うと、実質的な危害は無くなっていた。


「ディオルガ殿、でしたか、倒れたというのは。薬を盛られたのですね」

「・・・・・そうだ」

「とすると当然、疑われたのは」

「緋殿と・・・・・・ジュセフ様だ」

新しい茶の、ゆるゆると立ち上る湯気の向こう、蒼を取り巻く空気がほんの少し変わったように見えた。

「・・・・・ジュセフ皇女も、ですか。ディオルガ殿は夫なのに?」

「政略結婚で愛はないというのが、世間一般の認識だ」

サイクレスは顔を歪ませる。脳裏にジュセフとディオルガの顔が過る。

「実際のところは?」

「・・・・・・・」

黙り込むサイクレス。

「ふむ、疑われても仕方がない状況だと?」

蒼はため息をつく。あまりに短絡的過ぎるが、事実はそんなものなのかもしれない。

「違うっ!確かに愛し合われていたかと問われれば違うのかもしれない。だが、お二人の信頼関係は本物だ。大体ジュセフ様がそんなことをするわけがない!」

今までの静かな口調が一変、感情的に声を荒げる。

「盲目的に主を信じると選択を誤りますよ?」

対して蒼の物言いは変わらない。しかし、やはりのんびりした空気は少しだけ薄れた感じがする。

「そんなんじゃない!ジュセフ様は、そんな姑息な手段を使う方ではないんだ。そもそもディオルガ様が気に入らなければ、堂々と正面から向き合われる。それこそ剣を交えてでも」

ジュセフは闊達な人物だ。女性とも思えない程豪胆な気質でもある。
だからこそ、覇王アドルフに似ていると言われていた。

確かに、薬を盛るなど伝え聞くジュセフ皇女のイメージに合わない。

「ただ、お二人は結婚されて、七年が経つのに未だお子様がおられない。
だから・・・・・・」

言い辛そうに口ごもる青年の言葉の続きを、蒼が引き継ぐ。

「だから、子種がないと判断したジュセフ皇女が邪魔なディオルガ殿に薬を盛って排除しようとした、と?
・・・・・・・その方が安直過ぎるでしょう」

肩を竦める蒼。

そもそも、幾ら夫が気に入らないからといって、一服盛るなど無理が有りすぎる。

さっさと離縁するなり、他に愛人を囲うなりすればいい。

皇女であるジュセフにはその力があるのだから。

この騒動、ジュセフを盲目的に信じているサイクレスでなくとも、確かに違和感を感じる。
どんな目的があるにせよ、裏があるのは間違い無さそうだった。





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