第一章


[04]暗殺者C


「我々近衛軍に緋殿が来られてからも、陛下が次代皇王を選出することはなかった。
他の派閥からは、緋殿をどう使いこなすか試されているだの、陛下と不仲になった緋殿を払い下げられただの言われているが、実際のところ陛下の真意はわからない」


毒操師、緋は永きに渡りアドルフ王の懐刀だった。

属することを嫌う毒操師の中で、緋の行動は異色と言える。
しかし、緋の働きはエナルに平穏と秩序をもたらした。


毒操師は薬師としても優秀である。

緋は、今まで不治の病と考えられていた様々な病の特効薬を次々と開発した。
特に、一度発生すれば自然に治まるのを待つしかなかった伝染病の類は、薬の普及により死者が激減した。

また、薬の普及で怪我の回復もこれまでより数段早くなり、痛みを和らげる麻酔も開発されたことから、戦闘による怪我を苦に自ら命を絶つ者も減少したのである。

緋の功績は国中に認められている。

その毒操師が近衛付きとなったのだ。

アドルフ王はジュセフを買っていると誰しもが思った。


しかし一方で、毒操師緋とアドルフ王が疎遠になっていたのも事実。

毒を操る緋は、アドルフ王の陰の部分も担っていた。

軍隊としてアドルフが強かったのは間違いないが、巧妙で抜け目のない商人たちだ。それだけで屈する程甘くはない。

進軍と時を同じくして、商業議会の重鎮たちの相次ぐ不審死、もの狂いは決して偶然ではない。

緋は、今日のエナルを築き上げた間違いない立役者であり、激動の時代、商人たちに恐怖政治を敷くのに最適な存在だったのである。


しかし、平和になった今の世に、毒を自在に操れる能力は国に、そして人々に強すぎた。

賢王との誉れも高くなったアドルフに、緋の存在は不要、ともすれば有害だ。

もうエナルに毒薬は必要ない。健やかに暮らせる良薬があれば十分だと。

アドルフ王の側近としての緋の役割は終わっていたのである。



「なるほど、そのお払い箱となった先が近衛軍だと」

「心無い連中はそう言っている」

サイクレスは苦々しい顔になる。お茶の効力も薄れてしまったらしい。

蒼は簡素な急須から新たにお茶を注ぎ足す。

「しかし、幾ら役目が終わったからといって、そんな驚異な存在を普通は側から離さないでしょう。実際近衛への派遣は他の派閥へかなりの差をつけたはずです」

あくどい商人たちを抑えていた存在だ。大々的に近衛付きにしたと広まれば、反乱を起こす輩が出現しかねない。

だが現在、緋が近衛付顧問なことは、同じ毒操師の蒼でなくても知っている周知の事実だ。

「だからこそ、ジュセフ様を試しているとの声もある」

ジュセフは緋の存在を上手く活用していた。

内部の強化は勿論、その存在を広めることで内外への牽制とし、見事にその効力を利用したのだ。







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