☆幕末人と暮らす方法☆【完結】


[06]【第6話】社会進出





私の勝手に思い描いていた土方歳三像は、『クールで、遊びも仕事も器用にこなす、デキる男』というものだった。



しかし今私と暮らしている土方歳三は、私無しでは現代社会で生きていけないという情けない人である。



だがやはり長年想い続けて来た愛しの彼だ。

少々この程度のダメっぷりを見たくらいでは、私の情熱が冷めることはない。


トイレの水が渦を巻く様をワクワクしながら眺めていようとも、

テレビのリモコン操作がどの距離まで耐えうるかを実験していようとも、

肉マンを買いに行くのが日課であろうとも、


私は彼が愛しくて仕方ないのである。



しかし悲しいかな、彼には私に対する恋愛感情というものは微塵も感じられない。



このまま彼は私と共に暮らし続け、二人の感情に温度差を生じさせたまま時が過ぎ、[同居人]以上でも以下でもないまま人生を添い遂げるのだろうか。



あるいはこの世界で暮らして行けるよう私が訓練したのち、別のパートナーを見つけて旅立つのかもしれない。



そんな事をボンヤリ考えていると、彼が言った。



「さっき[てれび]が言っていたのだが、

今の俺は、[にーと]と言うそうだな。」



ふとテレビに目をやると、どっかのエライ方々が[就職しない若者達]と題して朝っぱらから議論を交わしていた。



「働かずに誰かに食わせてもらっている者の事を、[にーと]と言うのだろう?」



新しい言葉を覚え、嬉しそうに頬を染めて私に報告する彼に、私は言えなかった。



「あんたの場合、どっちかっつーとニートではなくヒモだよ」



などとは、口が裂けても言えなかった。



・―・―・―・―・―・



夕方、私が仕事を終えて帰宅すると、彼は待ってましたとばかりに玄関まで駆け寄って来た。



「やったぞ!

俺は[にーと]じゃなくなったぞ!!」



その手には、厳しい事で有名な近所の剣道教室のチラシが握られていた。



「さっき散歩に出たら、建物の中から竹刀の音が聞こえたので立ち寄ったのだ。

そこで師範と名乗る男が出て来て稽古をつけていたのだが、これが下手クソで下手クソで見ていられなくて。」



まさか…



「あまりに幼稚な立ち居振る舞いをするので、

『貴様それでも道場主か』

と一言言ってやったんだ。」



やっぱり。



「そうしたらそいつ、怒って

『一手お相手願う』

と乞うてきた。」



あ〜あ、やっちゃったよ。



「俺は防具無しで竹刀を握ったよ。

俺の修めた天然理心流は[剣を交えずして、気迫で倒す]という理念の流派だからな。」



『修めた』って言うけど、あなた師範どころか目録止まりでしょうが。



「しかしその道場主、頭に血が昇って相手の気などお構いなしに打ち込んで来るバカでな。

結局デタラメに竹刀を振ってくるだけなのでアホらしくなって、一発面を入れて勝負を決めてやった。」



ほぉ、なるほど。
さすがにそこは新撰組副長のプライドで切り捨ててやったわけね。



「そうしたら、その道場主のさらに師匠である親父さんが俺を気に入ってな、

『君を正式に雇いたい。年明けから門徒の指導を手伝ってくれないか』

と言われたんだ!」



『雇いたい』!?

幕末人が現代に来て三日目でまさかの就職!

それも自分が得手とする剣の道で!!



「牡丹さん。

もう君に頼りきりの生活ではなくなるからな。

安心してくれ!」




…『頼りきりの生活ではなくなる』…


彼の社会進出は喜ばしい事だ。

しかし[私だけの土方歳三]だったはずの彼が、どんどんと現代に慣れ、私から巣立つ準備をしているようで切なくもある。



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