〜第5章〜


[18]朝11時15分


僕は目を見開いた。
清奈の狙い目は後半だったのだ。

「……そうか!」

清奈は瀬戸さんの性格を踏まえ、どういうスピード配分をしてくるかを予想できていた。

加速重視の瀬戸さんは、どうしても最後にはスピードが伸びなくなるのは当然だ。
瀬戸さんは一度最高速に達してしまえばそれ以上早くすることはできない。

清奈は、敢えて(ここまで見こしていたかは分からないが)序盤は瀬戸さんの後ろを付くように泳ぎ、体力が残されていないように見せかけ、一気に追い詰めたのだ!

そして

剣士という清奈の肉体は、ほんの一瞬で自らのポテンシャルを最大限に引き出せる驚異的な瞬発力がある。戦闘に比べたらプールの勝負など、清奈がフルパワーを引き出すのにたった1秒でも有り余るほど――!


「あ……あああ!」

さくらちゃんが、清奈の猛追に気づいた時には、差はもはや紙一重になっている

残り5メートル。
もう決着まで3秒あるかないかだ。
誰もが予想した勝敗は簡単に崩れ、もうどちらが勝ってもおかしくない。

逃げ切るか。
追い抜くか。
どっちが
勝ったんだ――!?


「これは……そうだな」

萩原先生がストップウォッチを見つめる。
「私がみる限りじゃ……同着だ」

同着?

「二人とも歴代トップだ。引き分けって所だ」

ってことは……
どうなるんだ?

いや、見てみろ。

「萩原先生、決着なんですが……はあ……長峰さんの勝ちだと思います……ふう……」

そう言ったのは
瀬戸さんだ。
相当体力を消費したらしく、息を切らしている。

「ええっ!?」

すぐさまさくらちゃんが瀬戸さんの元へ走る。

「そんな! 同着なのになんで長峰さんの勝ちなんですか! そんなの嫌です! 絶対……!」
「さくら……長峰さんを見てみなさいよ……はあ……」
「え……?」

清奈の様子を見てみる。
水面にあの黒髪が美麗に広がっている。
瀬戸さんの声と同時に、清奈もこちら側を見る。

そうか

分かった。
瀬戸さんがなぜ清奈が勝ったと言うのか。

瀬戸さんは、見て分かる通り息を切らしている。

清奈は
全く疲れの色を見せていない。

「同着だったけど、それは50メートルだったから。もっと長かったら、私は負けてたわ。プールだったら……勝てると思ったんだけどなあ……ふう……」
「そ、そんな……!」

うわ
さくらちゃんが今にも泣きそうじゃないか。
「瀬戸さん、空川さん、ちょっといいかしら?」

清奈が、顔に滴る水を手で拭き取る。

「私は……瀬戸さんの言うことに納得できない。結果が同着だということは何も変わりないの。だから私は勝ちじゃない、いいえ、こんな決着じゃ私も嬉しくないもの」
「……長峰さん」

さくらちゃんが、今度は清奈の元へ向かう。

「……私に情けを、かけているんですか?」
「気を悪くしたかしら?」「……いいえ」

短い会話が為された。
さくらちゃんは、泣きそうな顔から、どこかしら合点いかない複雑な顔を浮かべている。


「決着は着かなかったんだから、今回はお預け、それでいいじゃない」
「じゃあ2人ともね!」

瀬戸さんが急に大声でそう提案したって……は?


「ちょっと……瀬戸さん?」

それはつまりどういうことなのかをキチンと確認する為に僕もその側に急行します。


「今なんて……?」
「だから、2人ともキスね。いいじゃない、喧嘩にならないしね?」



「相沢も悪い気はしないんでしょう? いいじゃない、行っちゃいなさいよ!」

何を言ってるのかなあ……うわ、皆見てる。
やるのかーい!?
やらないのかーい!?
どーっちなんだい!?
結論

や〜〜……

「って、ぅわあ!!」

誰かが背中を強く押した。
そのまま僕は(体操服着用の)プールに逆さまに落ちた。

「何勿体ぶってるんだよ」「そやで、あの二人にお前は、恐れ多くもキスしていただけるんや、サッサとやれサッサとな!」

あの声……
奴らか。

「ゆ、悠くん!」

男ども2人に背中から押されプールに転落した僕を追うように、さくらちゃんも飛び込んだ。

「大丈夫ですか?」
「悠、生きてる?」

2人が僕を心配してくれてか、側に来てくれた。

「ぶはっ……げほげほ……」

おもいっきり鼻に水が入った。
ふっくんと原田……後で覚えとけよ。
ああ分かったよ!
2人のキス、受け止めてやんよ!
ふっくん、原田、お前らにはさくらちゃんも清奈も、指一本触れさせねえからな!
うっはっはっはっは!!









「とは……言ってみたものの……」

もうプールの授業が終わり、辺りには誰もいない。
皆は更衣室に行ってしまった。
先程とはうってかわって、ピチャピチャと水が波打つ音が聞こえるだけ。
とりあえず皆の視線が入りまじる中でのキスは回避したようだ。

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