〜第5章〜


[16]朝10時59分


続けて聞こえた、誰かがプールに落っこちた音。

代わりにいた、さくらちゃん。

「いいえ、悠くんが応援するのは瀬戸さんに決まってます。そうですよね悠くん?」

いや、返事できるわけない。ほら、なあ、ここからちょっと離れないときけん……。

ピチャ……ピチャ……。

まさかの体当たりを喰らい落水した清奈が、ゆっくりと上がる。

「さ……さくら……お……おまえ……」

やばい

やばいやばいやばいやばいやばばばい。

「何すんのよぉ!」
「長峰さんが勝手に悠くんに近づくからです! どさくさに紛れて近づいてもちゃんと見てますからね!」「ふざけるんじゃないわよっ……このお!!」
「きゃ……!」

清奈がさくらちゃんの足を引っ張って水の中に引きずりこむ。
すぐさま上がろうとする清奈をさくらちゃんはすかさず引きずり下ろす。
バチャバチャバチャ。

「悠! 私を応援しなさ……」

バシャン!

「じゃなくて瀬戸さ……」

ボチャン!





どこから突っ込めばいいやら。
というよりは、後ろにいるこの人

「ねえねえ、すんごく面白くなってきたんじゃない? これって一種の三角関係? やるわね〜相沢もさ」
やるって、僕が何をした?こういう状況に仕立てあげたのは、瀬戸さん、あんただろう。
小悪魔ですか?

「さて、二人はほっといて、どんどん計測するわよ。ほら次!」

未だにプールでバチャバチャやっている二人を軽くスルーした萩原先生は、僕からストップウォッチを奪い去った。

「だか……らっ……この……!」
「でも……わた……しっ……!」

2人ともそろそろ止めましょう。
見てはいられない。
いや、見ていたいと思うことは思うんだが、このまま放っておいたら2人が(そして大いに自分も)かわいそうな事になるじゃないですか。ですよね?

「ねえ、ちょっと二人とも。分かったから、両方とも応援するから、それなら文句無い、よな? な?」
「え、なん……ブクブク」「りょ、両方?」

さくらちゃんが清奈を頭から水の中に押さえ込もうとしたところで2人の動きが止まる。

「ぷはっ……ふう……。まあいいわ、別にそれでも」

清奈は頭からノョキっと水中から顔を出した。一応は妥協案に賛成してくれた。物わかりが良いお方で良かった。
清奈ならさ

『やだ。さくらをちょっとでも応援しちゃダメに決まってるでしょ!』

って言っても何ら不思議も無いし。
「瀬戸さんに勝ってしまえば、水入らずで悠をひとり占めできちゃうし」
「う、うぅ……」

確かにそうなる。清奈が勝てばさくらちゃんは諦めざるを得なくなる。いやいやいや、キスをするところを見させられてしまう。それは敗者にとっては余りにも強すぎる打撃だ。
つまりは、
この勝負は、どっちが勝っても……。

敗者は泣いてしまうのではないだろうか。


「でも、大丈夫ですよね、瀬戸さん」
「ん?」

さくらちゃんが僕の後ろにまだいた瀬戸さんに話しかけた。

「あははは! 心配いらないわよ。そう簡単に負けたりしないから、さ!」

笑顔で答えた瀬戸さん。
しかし、その笑顔はすぐに消えた。

「余裕ね、瀬戸梓。その自信はいったいどこから沸いてくるのかしら?」

ここにも自らの勝利を約束する者がいた。
久しぶりに見た、清奈が見せた、あの表情だ。

「戦い」の血に目覚めた少女の目、だ。

「余裕? やだなあ長峰さん、あたしはちょっとだけ自信があるだけだよ? 一応これでも……」
「瀬戸さんは水泳部のキャプテンです」

さくらちゃんが会話に割り込んできた。
それは、初耳だけど……。
「中学1年生の時から、200m個人メドレーの全国大会で3連覇してるんですよ」

マジで!?
ていうか水泳部だったんだ瀬戸さんって……。
じゃあハードル走とか遠足の時のドッジボールとかの陸上競技の運動神経は……?

清奈と互角に張りあっていた陸上は瀬戸さんにとって一種のアウェーゲーム。
だが、プール、水中はまさに瀬戸さんにとってホーム!
ここは瀬戸さんの力を100%発揮できる場所なのだ。全国大会で3連覇?
無茶苦茶凄いじゃないか!?

「だからいくら長峰さんでも瀬戸さんには勝てっこありません。絶対瀬戸さんが勝ちます!」

どうするんだよ、清奈。
相手は日本一だぞ。
勝てるのか?

「へえ」

だが、清奈は全くそんなことを気にしていない。

「それは良かったわ。相手にならないぐらい私が圧勝することは無さそうだし……良かったわね、さくら」

むしろこんな台詞を言った。

「日本一? 笑わせる。こんな狭い島国で1番を名乗ってそれが何になる? どちらにしろ、私が勝つことに変わりはないから」

清奈は、とても負けず嫌い。そんなことは清奈にとって本当にどうでもいい話だ。相手が強ければ強いほとその気持ちが沸き上がるのだから。

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