〜第5章〜


[15]朝10時53分


軽く準備運動をして体をほぐし、シャワーで水慣れも十分に行う。
濡れた髪を後ろに流して、じっと反対側のプールサイドを見た。
丁度25m先にある大きな時計。
この一瞬も時は正確に刻まれている。
次に、左に視線をそらした。

そう、悠だ。

見たところ今はボーッと座っている。釘をさしたせいかこちらを敢えて見ないように努めている様子だ。
向かい側の男子も全員プールから出た。

そろそろ、だ。

私は少しずれた水泳キャップを深くかぶりなおした。


――――――――――――

僕は見学というわけで、渡辺と萩原の両先生に計測の手伝いを任され、2つのストップウォッチを手渡され、スタート地点に向かった。


「それじゃ、女子から計測を始める。出席番号2番の足立、用意!」
「は、はわわわわ」

既に足立さんは裏側のドジッ娘モードになっている。おろおろしたままなかなかスタート地点に立たない。飛び込み台は結構な高さで、僕でも少しためらうぐらいだ。

「わ、わたしは、だめですっ」
「さっきも言ったろうが。全員必ず泳がないといけないと」
「嫌です! 嫌ですってばぁ!」
「え……って、あ!?」

何故か清奈の腕にしがみついた。
「ちょ……諦めなさいよ、足立さん」

清奈が言うが、足立さんはギューッと腕にしがみついてなかなか離れない。
萩原先生が無理矢理引き離そうとする。
それを健気(?)に抵抗する足立さん。

「ああもう! こうなったら!」

何をするかと思えば萩原先生は、足立さんの脇をくすぐりだした!

「あ、ああひゃははは! ひゃはははん!」

手の力が抜けてしまい、ようやく清奈と足立さんが離れた。
幼稚園のような光景だ。
お母さん好きな女の子が初めての幼稚園に連れてかれてくみたいな、そういう感じのさ。

「さあ、観念しろ足立!」「ひやあ! だめだめぇ!
ひっぐ……ひゃあああ!」
ジタバタ暴れるが、萩原先生はそんなことお構い無し。しっかり抱きかかえて先生がスタート台の上へ。
足立さんは泣いてるのか笑ってるのか分からない凄い顔をしながらまだ抵抗する。

「ほら、い〜ち、に〜い……」
「やだああ!」
「さんっ!」


足立さんの体が萩原先生から離れ、プールの中へ……。


ドボンッ!




着水の効果音から随分時間が経ってから

バシャバシャバシャ!
ゴボゴボゴボ……

「わたっ」
ガボガボガボ……

「しっ」
バシャハシャバシャン!
ガボガボゲボゲボ……

「およっ」
ガボゴボガボゴボゴ……
バチャバチャバチャ!

「げなっ」
バシャバシャバシャ!
ガバゴボコボコボ……
ゴポッ……ゴポッ……
ゴポッ……。



「まずい」

そのまま萩原先生が飛び込んで足立さんを速やかに救助した。

「は〜……あ〜……けほっけほっ」

何とか無事だった。

「まさかそこまで泳げないとは先生も予想外だった。悪いな足立」
「げほげほ……うぅ……ぐすっ……」

足立さんはぐったりと、プールサイドに横になった。どうやら無事のようだが、全身に力が入らないらしい。顔が濡れて力が出ない……っていうのは、足立さんにも当てはまるのだろうか。

「悪いが相沢、2番から計測を始めとけ」
「ああ、はい」

足立さんを気にしながらも、2番目の泉さんの番だ。




そして

各々が遅めのタイム、早めのタイムを出している間に瀬戸さんの番になる。

「あ〜相沢。私は最後に回して」
「え……なんで?」
「長峰さんと競争する約束をしているのよ」

ああ、いつものことだ。
こういう競争とか対決をことある事に清奈に申し込むのが瀬戸さんだ。
今の所清奈の方が白星が多い。
というわけで瀬戸さんの次の人、長尾さんが水に入り計測の準備。
その途中、清奈が僕の所に来る。

「そういうわけだから、私も最後ね」

分かったと返事をして、ストップウォッチをリセットする。

「ねえ、悠」

清奈はプールの側で座っている僕のすぐ横に腰を下ろした。
足だけをプールの中に入れて、パチャパチャ言わせながら清奈は続けて言う。

「悠はさ……私とさくら、どっちを応援してくれる?」
「え……って、競争するのは瀬戸さんとだろう? なんで空川さんなんだよ?」「ああそのこと? ちょっと賭けをしてるのよ。私とさくらでね」

賭け?

「私が勝ったら私が、瀬戸さんが勝ったらさくらが……おまえに……」

え?

「キスするの」

へ?

清奈はなるべく平然を装って言ったみたいだが、やはり恥ずかしさは隠せていない。
って、
この競争はそういう趣旨で……?

「お、おいそれって……」「だからね、悠」

僕の言葉を遮った。

「私のこと、応援してくれるよね?」

ジッと僕の目を見る。
僕の目から奥深くにあるものを見据えるように。

返事をしようと僕が口を開いた瞬間。

目の前にいた清奈が消えた。

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