〜第5章〜


[14]朝10時45分


「二人とも〜」
「嫌そうじゃ無いって、抵抗したに決まってるでしょ!」
「長峰さんだったら瀬戸さんを投げ飛ばすぐらいしたはずだもん!」
「ちょっと……」
「何よさっきから悠!」
「声抑えようよ……」
「え?」「あ……」













この空白は、風の音さえもはっきり聞き取れる程の沈黙と考えてくれて構わない。

直後
起こった笑い声……。
本当に面白くて笑ってるのか失笑なのかは分からない。
僕は後者の意見だ。

二人ともかなり気まずそうになりながらお互いを見つめあった。

「と……とにかく、あれは事故で、ワザとじゃないから。分かったわね?」
「は……はい、分かりました……」

とりあえず和解ということになった。

だが、このいわゆる「こぜりあい」はこれからも続くだろう。
他人は絶対侵入不可能のバミューダトライアングルがここに完成。
こういうのは昼ドラだけで勘弁してほしいのだが。

「へ〜、そっか〜、ふぅ〜ん」

僕含む3人が横を見ると、瀬戸さんが何かニヤニヤしている。
嫌な予感がする。
あの笑顔はかなり不吉だ。

――――――――――――

しまった……。
あんな飛んだ滑稽な茶番をしてしまうとは。
フェルミを置いてきたから良かったものの、もし見てたら……今ごろ怒鳴られてるわ、私。

この授業の終了時刻までまだ半分以上残っている。
だが、私の体は変に疲れてしまった。

「はい、注目!!」

この授業の指導者、萩原が声を出した。

「このクラスはプール1回目だな。とりあえず全員50mクロールのタイムを図る。そのタイムで泳力を見て班を分ける」
「え〜50mはキツいですよ〜」
「つべこべ言うな!」

誰かが文句を言ったのをすぐに却下した萩原。

「へえ〜ふふ〜ん、ははぁ〜ん。あははっ!」

瀬戸梓がさっきから笑い続けている。何のつもりか知らないけど。


「あの……すみません……」
「なんだ足立?」
「私は……ちょっと……」「駄目だ。嫌でも全員泳いでもらうからな」
「そ……そんなぁ……」

確かに、足立さんにとっては50mは厳しいでしょうね。

「それじゃ、15分後に計測を始める。各自シャワーと準備運動とアップを始めろ」

そういうわけで各々が離散した。
シャワーを先に浴びるのが規則らしいから、そこへ向かって歩くと

誰かの手が私の肩に触れる。

振り向くと、未だにニヤケ顔の瀬戸梓だ。

「ねえ、長峰さん」

「生憎だけど私は……」
「またまた〜やっぱり長峰さんも好きなんでしょ?
それはまあ、さておき……」

瀬戸さんは私の前に来て

「50mクロール、勝負しましょ」

そう言った。しかし私はそんな元気は無いし、未だに聞こえてくる(ワザと聞こえるように言ってるのかしら?)私とさくらの勝負についての話に悩まされる。穴があったら入りたいというのは、まさにこのことだ。

「悪いけどやだ」
「え〜!? 長峰さんらしくないわよ。いつも私と本気で勝負してくれたじゃない!」
「嫌なものは嫌なの」
「あ! もしかして、泳げないとか?」
「失礼ね」
「ね〜ね〜。私だって長峰さんと競争したら自己ベストが取れる気がするから〜」
「そんなこと知らないわよ」

私は一刻も早くここから消え去りたい気分だっていうのに。
私は瀬戸さんから離れ、シャワーの方へ向かう。

「じゃあ、賭けをしましょ」

乗るつもりはない。

「長峰さんが勝ったら長峰さんが、私が勝ったらさくらが……相沢にキスをするって言うのは?」





私の足は、
まるで別の意思がそうさせたかのように動かなくなった。
そうなったのは、丁度私たちの側を通ろうとした空川さくらも同じだ。
「せ……せせせせ、瀬戸さん!?」

さくらがすっとんきょうな声を出して言うが、瀬戸梓は続ける。

「別に乗らなくてもいいわよ。その代わり、私は不戦勝ということで、さくらが……」
「誰が乗らないといったわけ?」

賭けには乗らないと言った私だが、

悠は別問題だ。

その賭けなら、私には逃げの選択肢は存在しえない。瀬戸梓は満面の笑顔を浮かべる。

「そうこなくっちゃ! やっぱり長峰さんと一緒じゃなきゃ、ね!」

瀬戸梓がウインクした。

「悪いけど、手加減しないから」
「上等! 私も本気で行くからね!」
「あ〜、え、えーっと?」
展開についてこれていない空川さくらがまだ戸惑っている。

「つ、つまり、瀬戸さんが勝ったら私が悠くんと……」
「するのよ」

瀬戸梓が即答し、さくらは再び顔がみるみる赤くなる。

だが首を横にブンブンと振った後、かなり真剣な顔で

「瀬戸さん」
「何?」
「絶対勝ってくださいね」「分かってるわよ」
「絶対絶対勝ってくださいね!!」

ふん。
それはどうかしらね、空川さくら。
二人とも後悔することになるでしょうね。
わざわざ悠を賭けてまで私を本気にさせるなんて。

絶対負けないから!!


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