〜第5章〜


[01]時刻不明 無刻空間…


彼女は人形。

の、ように動いていた。
肌に縫いこまれた糸の網目。所々に解れた綿が飛び出した少し奇妙なもの。

その人形が、ガタガタと震え動き出す。
ないものに吹き込まれた命。
黒の小さなドレス、対照的な白のフリル。赤いリボンが映える。
目を開けた。

「……」

どうやら彼女は眠っていたらしい。彼女の寝床は、周囲に無数のぬいぐるみ。

側に置いてあった兎のぬいぐるみと虎のぬいぐるみを棚に戻す。
服についた埃を払い、虚ろな目をこする。

「……お母さん」

彼女がそう言って現れたのは、白い猫。

ミー と喉を鳴らしてその少女の元へ向かう。

「おはよう、お母さん。これで763回目だね。もう……これで終りだと思ってたけど」

ニャー と返事する白猫。
本当に会話をしているようだ。

「今回は……誰なんだろうね?」

すると

「あ、起きたんだ! 久しぶり!」

彼女の目前に現れたオーバーオールの女の子。ゴシック調のドレスと、暖かそうなオーバーオール。
鋼のような鉄城の奥の奥。

「久しぶり……名前はつけてもらった?」
「え?」

困った顔をする。

「ごめんね……まだなの」「そう……」
「約束、破っちゃった……
【次目覚める時】までに必ず名前を決めて貰うって言ってたのに」
「構わない。どうせこれが終わったらまた【眠る】だろうし」

白猫が彼女の肩に乗っかり、毛づくろいを始めた。

「じゃあ、行ってくる」
「うん! いってらっしゃい!」

そして何処かに向かって歩きだした。オーバーオールの女の子の顔は笑顔。去るその背を見守っていた。



巨大な祭壇の前。
今まで762回通ったその道を通る。
その通路も全く変わらないし、彼女の顔も変わらない。いつものように辿り着いた祭壇も全く変わらない。変わるとすれば、母親の肌触りだろうか。
この前よりは滑らかになった気がする。

祭壇に到着した。

紫炎に包まれた空間は、覚めることの無い悪夢を思わせる。何度目覚めても抜け出せないメビウスリングを駆け抜ける。
生きる意味すら、彼女は見いだせないのだ。

「まだ……ねむ……」

再び右手で目をこする。
側の白猫が抱きついてほしそうな眼差しを向けたので、彼女はもう片方の手で側に来るよう招く。

嬉しそうな鳴き声を上げて彼女の左手に飛びつく。
少女はその猫を抱きかかえた。右手も猫の背に回しておぶる。
白猫は少女の胸あたりに頬擦りした。

「気分はどうだ?」

彼女の目の前に現れた、鋼鉄の鎧に包まれた男。紫の炎に写し出されたシルエットは一層不気味だ。年老いた男らしく、声はしわがれている。
顔は辺りが薄暗くてよく見えない。

「起きたよ……【コア】」

コア。
即ち、核。

王座に座っている彼は、左手に紅漣の炎を宿した。

「……いつ?」

今回彼女が果たすべき命令を、目の前の【コア】から承る。

「……7月20日……奴らの監視の目が薄くなる時だ」
7月20日、それは夏の盛りの時期。

「……どこ?」
「五月原市……そこにある学校だ」
「……がっこう?」
「そうだ」
「そこって……コアの寝床じゃない」
「そうだ」

白猫を床に置く。

「それで……」

少女は先程よりも低く、小さな声で続けて言った。

「……だれ?」

ネブラにいる中核は、少し口角をつり上げる。

「名は……」








「……以上だ」
「分かった……で、その5人を殺して、輪廻の外へ葬り出す、それだけ?」
「そうだ。奴らはシヅキに目を向けている。私の存在は概念にしか捉えられていまい。早急に消すのだ」

彼はシヅキに敬称を用いなかった。


「コア……その命、受理した。それで……3人目のハレンのことだけど」
「問答無用だ」
「……そう」

何か意義を唱えようにして、それが一瞬で遮られた。
「……7月20日、ハレン……」

彼女は何か抜け落ちたジグソーパズルのピースを拾い集めるように、彼女の記憶がうごめいた。

「いかなる事情も破棄するはずだ。その程度の私情では、この契約は破れんぞ」「……分かった」

少女は男に背を向けて、白猫を抱きかかえその場を去った。

時を揺るがす歯車は、再び軋み動き始めた。
進む行く手はどこまでも遠く果てしない……。



――――――――――――


遠くから私の呼び名が聞こえる。
失われた力が再び戻ってくる。
ねじまきが再度回されたようね。

「清奈……!」

ぼんやりとした意識が再び型作る。

ほら
あれだけ重かった瞼(まぶた)も、体も、軽い……。








「気がつきました……!」
二人の顔が目に入る。
私は……

「ふう……」

悠が息を吐くと一気に疲れが出たのか、そのまま横になった。

《呪標は確かに受け取ったようだ。危機一髪だったな、セイナ》
「フェルミ……んっ……しょと……」

体を起こした。

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