〜第4章〜 黒の男


[08]昼12時30分


「あ……あの!」

途端に、その違和感を無くす為にさくらちゃんが口を開いた。

「本当に……なんでもないから……気にしないでくださいね……」

さくらちゃん……
すまんが、気にしてしまう。
ちょっと待てよ。
考えてみる。そもそもさくらちゃんは最初何と言って話を切り出したか。僕が……清奈のことを気にしているか?
これは……僕の誤解なのか……。
僕は清奈を、恋愛、という今までと大きく離れた眼で見ているように、さくらちゃんもまた、同じように僕を……。

……いや、違うよなあ?
僕って、タイムトラベラーってことを除いたら、本当に普通の高校生。特別頭も良くないし、スポーツもできないし、モテるわけでもない。
きっと僕の頭が麻痺して、変な夢を見ているだけだ。さくらちゃんなら、僕よりもよっぽど良い男子がつくはずだしな。

「気にしてないから大丈夫だよ」

「そうですか……」

微笑みながら言う。
さくらちゃんスマイル、だが、複雑な気持ちが邪魔をして心からいつものように可愛いと思えなかった。

昼休みもあと10分ちょっとという所で、最後の洗面台に向かう。

最後は一番中等部に近い、中等部と高等部を結ぶスロープのすぐ側にあるトイレだ。

「ここが最後だよね?」

「そうですね。ちょっと時間が無いので急いで終わらせてください」

「うん、分かった」

僕はさくらちゃんから取替えのレモン石鹸を受け取り、男子トイレの中に入った。

中には誰もいなかった。
ここ五月原高校の一つのとりえとして、トイレがとても綺麗というのがある。全面汚れが殆んど無い白タイルで覆われ、暖かいオレンジ色の光に照らされ、トイレながら割と落ち着く空間だ。

大手デパートにあるような清潔な洗面台に向かい、石鹸を取り替える。

色んな人の手を洗ってきた小さいレモン石鹸を取りだし、新しい物を置く。

ふと鏡を見る。
鏡を見るのを恐れることを忘れていた僕は

「っ!!」

また、見た。

「……だ、誰かいるのか!?」

誰もいるはずがない。
男子トイレに普通いない、女の子の顔が映ったのだから。ちょうど中学生ぐらいの、子供と呼ぶほどでは無いが幼げが残る顔。そして、その顔は確かに……

「……血まみれ……だったよな?」

そう
その少女の顔は、確かに血で汚れていた。
紅に染まっていて、或いは赤黒い、
生温かな液体を顔から浴びた、そんな顔。

思わず震える。
冗談じゃない。
こんな怖い目に遭うのは初めてだ。恐怖を味わうのはお化け屋敷の中かホラー映画で十分だ。

そうだ……さくらちゃんは大丈夫なのか?

すぐにトイレを出る。まださくらちゃんは女子トイレから出てきていない。

すると

「お兄ちゃん?」

不意に、
丁度幼げが残る
中学生ぐらいの
女の子の声がした。

最悪の展開に備え、僕はポケットの中のパルスの存在をしっかりと確認する。あの丸い石が確かに僕のポケットにある。

そして
意を決して、ゆっくりと振り返る。
その声の主に
振り向いた。










「……何だよ、お前か」

絵夢だった。
いや、寧ろ有り難かった。どう考えても、今の流れでいくとテラーイベント発生だもんなあ?

「む〜何だって何よ。今朝絵夢を起こさなかったでしょ〜!」

「起こそうとはしたぞ」

「え? そうなの?」

「ああ、でもな、お前何をしたか知ってるか?」

「う〜ん……あ! まさか!」

「そうだ、思い出したか?」

すると

「あぅ……そんな……恥ずかしいよ〜」

……はい?

ま……まあ、恥ずべきことだな?

「ま……まだ……絵夢ってね、絵夢ね〜。は、初めてだったんだよ?」

初めて?
いや、今まで何回も蹴り倒しただろうが。

「そ……そんな……も〜! お兄ちゃんったら……兄妹であーゆーことしちゃいけないって知ってるんでしょ!?」

「すまんが絵夢、今朝、寝ボケながら何をしたんだっけ?」

「あ……あうぅ……い……言わなきゃダメ?」

こいつ、変な勘違いをしてくれてるな。

「いいか、絵夢。お前はな、今朝……」

「や〜! 言っちゃダメ! 言っちゃダメだってばぁ!」

「僕の顔を蹴飛ばしたんだよ」

「……え?」

「で、どんな勘違いしてたんだ?」

「か……勘違いなんかしてないもん! ちゃんと、絵夢はちゃ〜んと知ってたもんっ!」

「……何が初めてだったんだ?」

「そ……それは……あ……も〜お兄ちゃんのいじわる!」

お前が勝手に、変な誤解をするからだ。

「絵夢ね……お兄ちゃんとその……した夢を見たから……つい……」

……

っ!!!!


「……キス」

……

はあ……
今、さっきの鏡の一件に負けない恐怖を味わったのだが。

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