〜第4章〜 黒の男


[13]昼12時55分A


「長峰さん……あの……」
気の弱いさくらちゃんでは今の清奈の前に立つと、余りにも存在感が薄すぎる。

「怒って……ます?」

清奈にしたら、普通にさくらちゃんの話を聞いているに過ぎないようだが、さくらちゃんは明らかに脅えていた。

そうだ……
清奈に近づくことは難しい。なぜか、人を惹き付けない鎧のようなものを身につけているからだ。
その鎧はなぜここまで清奈という、一人の少女を変えてしまうのだろう。その鎧の銘柄は分かる。過去という名の鎧だ。

「何の話?」

普通に喋っている(と考えられる)清奈の声は、普通のはずなのに、まるで人を拒むような語感が現れているよう。

「で……ですから……長峰さんって……」

かきけされないように必死なさくらちゃん。そして、内心焦ってしまっていたのか、決定的なことを口にする。

「相沢くんが……好きなんですよね?」

言った
その、質問を
返す清奈。
表情は変わらず、相変わらず冷静に、冷淡に、不自然さが感じられようもない。

「別に」

返事はその一言だけだ。
それは余りにもあっけなさすぎて、僕が逆に戸惑ったぐらいだ。
「そ……そんなことないはずです……! 長峰さん……私は、後ろめたい気持ちがどうしても残ってしまうんです。本当のことを……」

「事実を述べた迄よ」

さくらちゃんのセリフを途中で割り込む。

「私は、男なんて興味を抱いた試しは無いし、好きになった覚えも無いわ。そいつがさくら……貴方が好きだと思っているんだったら、私がどうこう言える立場じゃないし」

……まあ、清奈が答えるのは当然だろう。
言っただろ? 清奈はそういう恋する心は持ちえない。今まで戦ってきたなかで、清奈は僕の事を仲間までしか見ていないんだから。

「……そろそろ教室に戻ったほうがいいんじゃない? 瀬戸さんが皆を呼んでるみたいだし」

そういって僕とさくらちゃんに背中を向け、清奈は去っていった。



――――――――――――
《貴様はとことんひねくれものだな》

「うるさい。第一、私の言った事は事実でしょう。悠はさくらが好きなんだから、それでいいじゃない」

《本当にそう思っているかの明らかな証明も無いだろう》

「私達の目の前でまさに告白してたじゃない。あれは十分証明してるでしょ」

《……本当にそれでいいのか? 貴様は》
私は徐々にフェルミが語勢を強めていることに気づいた。

「……ええ、それでいいんじゃない?」

《自分の気持ちに嘘などついても、何も益にならんぞ? 寧ろ害するだけだ》

「はあ……うるさいわねフェルミ。私はタイムトラベラーになる前に、色んな事が犠牲になるんだってこと、ちゃんと理解してた。これも、犠牲の1つって思えば済むこと……」

《……弱音だな》

「……弱音?」

《全く貴様らしくない発言だ》

「どこが私らしくないっていうの?」

《貴様は強いものは恐れず、弱いものは見くびらない人間だ。そう、貴様は今まで戦ってきたなかで、一度も逃げたことはなかったのだ。だが貴様の先刻の発言は、戦いに負けることを恐れた臆病者が吐く言葉だ。我はそんな者とこれ以上契約を続けるつもりはない》

「負けじゃないわ。そもそも私は戦いの場に立っていないの。悠はさくらと一緒にいる方が幸せ……」

《それが弱音だと言っているのだ!!》

フェルミが、私が長い間契約して初めて、大声をあげた。

《貴様は今まで何か努力を払ってきたのか? ユウが貴様のことをどうとも思っていないのならば、なぜ振り向いてくれるように努力を払わん?
貴様は戦う前から負けを認めているのだぞ!》

「……」

悠に……好きに……なってもらう?

《戦いというのは、ネブラを斬ることだけではない。ユウを巡るこれも立派な戦いだ。もっとも、これは貴様の苦手分野ではある。だが、貴様はそれゆえ初めから戦おうとすらしていないのだ。貴様の……力を見せてみろ!》

……戦い。

そうか。
戦い……か。

「そうね……。確かに私は何もしていなかった。それは……フェルミの言う通りだわ」

《分かってくれたのなら良い。いや……さすがに今は我も取り乱してしまった、すまない》

「いい、そんなの。寧ろお礼をしたいのは私だわ。ちょっと喝が入ったかも」

《そうだ、それでこそ貴様なのだ。貴様が弱気になるところなど、我は好かん》

「ご心配なく、フェルミ。もう私は何かふっきれた心地がする。悪いものが吹っ飛んだみたいでスッキリしたみたい。それに……」

私は左手を見て、ギュッと拳を握る。それは力強く、私の中の変な迷いを吹き飛ばしてくれた。

「私は……負けたくない。ネブラにも、さくらにも勝ってみせる」



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