〜第4章〜 黒の男


[11]昼12時40分


《どうするつもりだ?》

フェルミの声を聞く。

《いつまでもここでジッとしておくわけにも行くまい》

握っていたフェルミを離す。

「……」

私の中で広がるやるせない気持ちは、まだどこにも逃げ道は無いが、だからといっていつまでも立ち止まったままでは、私のタイムトラベラーとしての誇りが泣く。

「……そうね、フェルミ」
悲しむことなんかいつだってできる。それよりも今は、やるべきことをやりぬくこと。
私の心をそう思ってしまいこむ。


しかし、どうしようか?
シヅキ……彼に繋がる情報は、まだ余りにも少なすぎる。

戦いだ。

そう……今私に必要なのは戦い。
グルームは私の【データ】を取った。
それはすなわち、次の戦いへの予備作業でしかない。だから、近いうちに必ずネブラは現れる。
他のどのタイムトラベラーでもなく、私の前に姿を表す。

望むところだ。

次やってくるネブラなど、返り討ちにしてみせる。そうすればシヅキの事を聞き出すことが出来る。

それに……

《気晴らしになるだろう?》

私は胸に手を当てる。
この辛く、悲しく、氷つくように痛いこの私の中も、剣を持てば忘れられるんだから……。
――――――――――――
今、僕はさくらちゃんと横に並んで司書室へと戻っている。
なんつーか……まだドキドキが収まらないんですが。
「ひとつ……」

さくらちゃんが急に口を開いた。

「な……なんでしょう?」
なぜ敬語か? 知らん。
なんかテンションがおかしい。

「これから……その……相沢くんのこと……」

歩いていたさくらちゃんが止まる。

ここは倉庫や、作業場が並んでいる廊下で、人が通ることは殆んどない。さくらちゃんは、どうやらわざとこの道を通るようにしたらしい。

「相沢くんのこと……【悠くん】って呼んで……いいですか?」

「えっ……!!」

下の名前で?
福原くん……原田くん……山本くん……
そんななか、僕だけ
悠くん?

う、お、あ、や、やべ
保健室行こうかな。
今、夢か?
夢オチって展開……じゃないよな?

「……ええ、いいですよ」
「いいんですか?」

誰が断るか。
明日から相当なゴタゴタが起こりそうな気もするんだが、さくらちゃんとちょっといい感じになれるのなら、そんな代償安い安い。

「うん。じゃあ……僕は、何て呼んだらいいかな、空川さんのこと……」

「ぇっ!」

この質問は想定外だったらしい。相当驚いたのか、さくらちゃんは、珍しいすっとんきょうな声を上げた。

「え、あ、じゃ、え〜っと……えっと〜」

もじもじしながらちよっとうつむき、少しうわ目使いで僕に言った。

「じゃあ……【さくら】って、呼んで……」

さくらちゃん。
可愛すぎますが。
……いいんですね?
じゃあ早速
呼ばせて頂きます。

「さくら」

ピクッと反応して、こっちを向くさくらちゃん。

「悠くん……」





「はいよ、おつかれさん」

さくらちゃんと司書室に戻り、空になった布袋を渡す。戻ってくるまでの間、さくらちゃんと手を繋げた、ということは誰にも内緒だ。

「おい、もしかして二人、結構仲いいんじゃねえの?」

瀬戸さんの父親、司書の先生が聞く。

「べ……別にいいじゃないですか!」

「誰が仲良くなるなっつったか? 別に俺は関係無いしな。お好きにすればいいじゃねえか。それにしてもなあ……梓が言ってたぞ? 『長峰さんと相沢は、絶対に何かある』ってよ。良かったのか?」

「いや……長峰さんとは、確かに仲はいいですよ。でも……」

【あの】清奈が僕のことを……なんて、無いだろう?
仮にだ、さっきの告白をさくらちゃんから清奈に置き換えてみよう。返事は、呆れられるか鼻で笑われるかのどちらかじゃないか?賭けてもいいぞ。

「親父〜〜!!」

扉をバンと開けて入ってきたのは、ご存じ瀬戸さん。
「親父! またあんたゴミ捨てサボったでしょ!」

「先週やったからいいじゃねえか」

「毎週やりなさいっ! それでも司書なわけ?」

「めんどいんだよ」

「……あんたいくつなのよ?」

「今年で44だ」

「んなこと聞いてるんじゃないわよ! って、あら? 相沢にさくら、どうしたの?」

あ、やっと会話に入ってオーケー?

「美化委員の手伝いだよ」
「ふ〜ん、今日は長峰さんと一緒じゃないのね」

「いや、瀬戸さん。なんで僕と清奈が一緒じゃなきゃダメなんだ?」

「な〜にしらばっくれてるのよ。遠足の時にあんたと長峰さんほど輝いていたカップルはいなかったわ。で、そうなんでしょ? ね? ね?」

ツンツン突つかないでくれ。

「なに照れてんのよ」

バシッ!!

痛っ!!
背中をおもいっきりパーで叩かれた。

ほんとうに……もう。
今の台詞、清奈が聞いたら確実に嫌がられるぞ。
清奈が男子を、しかも僕のことを好きになるなんて、ちょっと考えたら有り得ないって分かるもんだろ?

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