〜第4章〜 黒の男


[01]深夜3時19分


夢を……見た。

そこは何の世界だろうか。日本とはどこか違う、遠い異国の、更には一昔前の光景が広がる。巨大な風車があちこちで周り、川がせせらぎ、点在する麦畑、そして、乾燥しすぎず湿気てもいない清い、心地良い風が通り抜ける。深呼吸すれば僕の中が全て浄化されそう。
そののどかな村には、人口が少なく過疎化が進んではいるものの、故に隣人は皆家族で、仲間であった。

仲間?

そう思い、此処がどこか理解する。
此処は、きっと……そう。

清奈の過去を見ている。


それを理解するまで何者かが録画テープを一時停止にしてくれていたのか、僕がそう思った瞬間、次のシーンが目の前に流れる。

僕の知らないことが僕の夢の中に出てくるのはなぜだろう?
そんな疑問をよそに、その光景は次々に進んでいく。絵や音や声が聞こえる精巧な紙芝居のように。

写ったのは2人の男、一人は髪が肩に届くか届かないかの、男にしては長い髪。無精髭を生やし、ごつごつとした体つき。
そして、もう一人は
とても忠実そうで、人当たりが良さそうな人物。
敵を作らないタイプだろう。薄茶色の整ったなかなかルックスも良い青年。

話声ははっきり聞こえないが、現にその青年は笑みを浮かべながら喋っている。

また急に景色が変わる。
青年は歩いていた。モンシロチョウが一匹飛び、側の花に止まる。
その青年が花の横を歩くと、急にチョウが飛び上がった。

道も舗装されておらず、本当に平和な田舎風景。日本のそれとは少し違う趣きを感じるが、今はそこを置いても構わないだろう。

青年が広い畑に出る。畦道(あぜみち)を歩いていた時

「お〜い!!」

まだ幼い少女の声がする。

「イクジス〜〜!!」

遥か遠く、麦畑の中に立っていた夫婦。そして、麦の中からやっと顔を覗かせるような小さな女の子。

声の主はその少女らしく、イクジスと呼ばれた青年の元に走る。

すぐに分かる。
今、とびきりの笑顔で走って向かうその子。
まだ髪の毛はショートヘアのままではあるが
あの子と彼女は疑いようもない。

清奈だ。

息をきらしながら一生懸命走って向かうその姿は、今の清奈とはまるでかけ離れている。
純粋で、明るくて活発で、きらきら輝く笑顔。
ちょうどハレンのように、元気に満ち溢れたその様相。

「今日は遊びに連れてってくれるんだよね!」

「そうだよ。ちゃんといい子にしてたかな?」

「うん!」


すると
ゆっくりと歩いて来る夫婦に見える2人。
状況から判断すると、この夫婦は清奈の両親と考えるのが自然だろう。

「それじゃ、よろしくお願いします」
母親がイクジスに向かって頭を下げて礼をする。

「清奈。遊びもいいが、剣の稽古もしっかりつけてもらえよ」
父親が言う。

「えへへっ。は〜い!」

「それでは、いつも通り夕方にここで」
イクジスが夫婦に向かって言う。

「分かった、いつも済まないな。宜しく頼んだぞ」

「おまかせください」

父親の言葉に、微笑んで答えるイクジス。

「じゃあ父さん母さん、行ってくるね!」

「行ってらっしゃい」

元気な声が村じゅうに響きわたる。
まだこの清奈は戦いを知らない。
そのまま時が流れてしまえば良かったのに、そう僕は思った。

もしそうなら、今の清奈があんなに苦しい思いをする必要はないし、普通の女性として生きることが出来たはずだ。
では、どこかで清奈の歴史が書き換えられたのか?

ネブラ? やはりネブラなのか?

だんだんと視界がぼやけていく。どうやら目が覚めてしまうらしい。
本当に惜しい!
もう少し、もうちょっとだけ見せてくれ!

お願いだ!
待って……待って……!!





雨が外の地面を打ちつける音。
今は6月。梅雨前線が日本列島に横たわり、全国で連日雨が続いている。
今日も今日とて雨が降り、桜花通りも人気は無い。

目が覚めた僕は布団から抜け出て、いつも通り登校の支度を行うことにした。

夢はなかなか覚えているものではない、しかし僅かに僕の頭がその記憶を刻み留めている。

唯一覚えている言葉。

イクジス

何者だろうか?


「パルス」

《おはようございます、ユウ。どうしましたか?》

「……イクジスって名前に聞き覚えは無いか?」

《イクジス……。いえ、私の記憶にはないですね》

あの夢はパルスが見せてくれたものかと思ったが、どうやら違ったらしい。

《ユウ、イクジスというのは?》

「さっき出てきたよ、夢の中で。たぶん僕は清奈の過去を見ていたんだと思う」

《セイナの過去……いったい何を見たんですか?》

「まだ幼い清奈が、イクジスという男と仲良く話していた……。それだけははっきり覚えているけど、後は……」

《では、そのイクジスが清奈に負い目を与えたのでは?》

[次n]
[*]ボタンで前n
[#]ボタンで次n
[←戻る]




Copyright(C)2007- PROJECT ZERO co.,ltd. All Rights Reserved.