〜第2章〜 扉


[16]2000年3月9日 午後9時00分


私は天井に空いた穴を突き破り屋上へと辿りついた。周りに柵が一切無い危険な場所だ。私の足音は、床の金網が軋む音でかき消される。その四角形のフィールドの外には、きらびやかなネオンが遥か遠くに見えるだけで、他には何もない。ただ、厚い雲だけが広がって月の姿はまるで見当たらなかった。

《これが問題の貯水タンクか……。》

目の前にある巨大なタンクを見る。私の身長はゆうに越えていて、幅も2、3メートルはあるようだ。鉄塊のそれの中から、ネブラの気配が漏れ出すように感じられる。

「奴ら、出てこないわね。私に恐れをなして逃げたのかしら?」

軽く嘲笑をする。

《セイナ、奴らを煽るのはよせ。何をしてくるか分からない状態だ。一瞬の油断が屍を生むぞ。》

「そうね。じゃあ…。」

私はフェルミの剣を握る。

蓬莱珠玉の雷(ほうらいしゅぎょくのいかずち)

フェルミのもう一つの名であり、この剣の名前。

この剣には3つの奇跡を起こすことができる力を持つと言われている。
その奇跡が何かは知らない。

ただ…

その奇跡はあらゆる物理的な法則を無視することができるほど強力なものらしい。







私は貯水タンクに手を触れた。
「クロム…ウィングネイビス!」

私の手を通して、フェルミの聖なる力をタンクの内側に注ぎこむ。出てこないのなら焙りだすに限る。

すると

タンクの頭の部分から紫色の火の玉のような物が飛び出す。現れたのは――







サーカスのピエロのように見えた。
色は白と灰色と黒。
ピエロが白黒テレビに映れば、あんな感じなのだろう。数あるネブラの中でも最強の部類に入るヒューマノイド型だ。

「来ましたか。」

ボイスチェンジャーで奇妙に変えられたような声だ。
《気をつけろセイナ。奴は油断できない。》

「分かってる。」

「ここはあなた様の地域だったようですね〜。いやはや、わたくしのような無力者があの蓬莱珠玉の雷を掲げる戦乙女との一騎討ちをするとは…運命とは不幸なものですね〜。」

「よく分かってるじゃない。お前の想像通りに全て事が運ぶわ。一応最初に言っておくけど、お前じゃ私は倒せない。雷に撃たれるか、肉体を両断するか…お前の末路はどちらかね…。」

「いや〜どちらもいただけませんね〜ヒュヒュヒュ……。おっと失礼、レディの前でニヤニヤするのは無礼でした〜。」

「……そのようだと言い残すことは無いようね。」
《セイナ。念のためもう一度言うが、奴の余裕は只の虚勢ではない。何か策を講じている。》

「……分かったわ。」

「その石……ええと何でしたっけ…まあどうでもいいです。相談事は終わりましたか?」

無言で剣先を奴に向ける。

「済んだようですね〜。」

すると奴は手を広げ、それを口の前にやる。
そして息を吹きかけると、奴の手の上に赤い火の玉が現れる。

「さて、先攻を決めるジャンケンでもしましょうか〜〜。」

私はその言葉を無視し、距離を詰める。そして奴の袈裟辺りを下から上に一閃する!

「おわぁっとっとっと!」

それが避けられる。しかし次の奴の動きは読んでいた。そのまま踏み込み横に一撃を加える。

「うっひゃあぁあぁあぁ〜〜。」

間抜け声を上げ、奴は高く飛び距離をとった。だが、さっきの横の斬撃は入っている。

「…いきなりフライングですか…。あなた様の方が強いのですから正々堂々とやってくれないと困りますっ!!」

ピエロのマスクがぎこちなく動き怒った表情になった。

「そんなの知らない。お前達ネブラを消すのにフェアもアンフェアも無いわ。」

「何てハレンチなぁ!



分かりました、では…。」
奴はもう片方の手にも火の玉を作り、それを私に向かって投げた。

単調な攻撃だ。

攻撃は正面からと左から、それを

「プレスト。」

二つの雷が私の剣から飛び出し、相殺した。

「これはどうです?」

奴は瞬時に8つの火の玉を作りだし、ジャグリングをし始めた。

「それそれそれそれぃ!」

それを全て投げる。
いくつかは軌道が変わり、逃げ場を作らないようにあらゆる方向から私を襲うが、
私はその軌道を瞬時に読み取り、

その軌道をなぞるように剣を振るう。

火の玉は水をかけられたように消え失せて煙だけが残った。



今度は口から火の玉を吐く。

私に向かい一直線に飛んでくる。かなりのスピードで前方から飛んできて…

轟音が鳴り響いた。床一面に炎が広がり、一瞬で燃え盛り、尽きた。
着弾地点の金網が溶けて変形しているほどの熱だ。

「仕留めましたかね?」







「甘いわね。」

「あらら〜〜!?」

私は飛んで奴の頭上を突いた。
ゆっくりと後転し、剣を振りかぶる。

「やややややばいのね〜〜〜〜!!」

「フォルトレス…。」

剣を強く握り、剣に全体重をかけて、落下の勢いを乗せる。

「ライトニング!!」

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