〜第1章〜 日常


[03]朝8時31分


《五月原〜五月原です。》

いつもの駅に到着する。普段なら通勤通学客で一杯になるのだが、今日はいつもより大分早いお陰か、椅子に座れた。

「絵夢、降りるぞ。迷子になるなよ」
「分かってるも〜ん」

絵夢は僕の背中にピッタリとくっついて、歩いていった。

ふとあの少女のことが気にかかり、辺りを見回したがあの秘宝のような姿は、どこにも見受けられなかった。

「ここが校門だ。お前は中等部だからこの門に入ったら右に曲がる。それでそのまま真っすぐ行けば中等部の入り口だ。分かったな?」

僕は今日(ここ3時間の間に)何度「分かったな?」と言ったんだろうね。ようやっと登校終了。妹と一緒に学校に行くのがどれだけ神経使うのか身にしみて分かった。

妹は悲しすぎるほど天然ボケ入ってるし、途中知り合いに何人か会って
「この子って妹? かわいい〜!」とか
「へえ〜妹なんかいたんだ〜!」とか
「い…妹、うらやましぃ〜なぁ〜おい!」とか
「うひゃあ〜思わず食べたくなっちゃう!」とか言うのに何人会った?

とりあえず一番下のセリフを言った奴は殴っておいた。

絵夢は僕の言った通りに左へ……

「おい!!」
僕は高等部のC棟に入り、下足に張り出されているクラス表に目をやる。どうやら僕は五組のようだ。

一学年に九組まで存在する大きな学校だが、表を見ると殆んどが中等部の時に知り合った人が多く、名前ぐらいなら知ってるよっていうのも含めると知らないのは数人程度だ。

なんというか、物足りない。もうちょっと変化が欲しかった。余りにも何も無さすぎる。ただただ平凡な日常…。そんな繰り返しに飽々しているのは僕だけなのだろうか。

他の皆は

「今日から高校生だ! 心機一転して頑張ろう!」

とか思っているのか?
周りを見渡す。そこにあったのは中等部時代と変わらぬ光景。

馬鹿は馬鹿のままで、
天才は天才のままで、
優等生は優等生のままで、

サボり魔はサボり魔のままだ。


なぜだか、教室に行く足が重い――



すると……



ん?
何かが走ってくる……?
と思った途端に、

「すみませーーーん!」

なんだ……!?


僕の左手に延びる登り坂のスロープ、その上から手をグルグル回しながら誰かが走って来た。


「それ拾ってくださーーーい!」

床を見るとパチンコ玉のような物が転がってきている。

っ!
あれは確か!

「はい。」

僕はそれを拾って、走ってきたその女の子に渡そうとするが

「あれ?あれれぇ?足がとまんないよお〜〜!」



ん?
目の前に天井が見える……って
ああ、ぶつかって倒れただけか。

起き上がろうとすると

「えぇ!」

ちょ…乗っかかってる!乗っかかってるって!

し……しかもこの軟らかい感触はちょっ……!

心拍数急上昇。
呼吸数急激増加
ドキンドキンですよ。



「あ……あれ……メガネはどこーー?」

その子は手探りでメガネを探していた。あぁ……これだな。今時珍しい、お笑い芸人ぐらいしか身に付けていない赤ぶちメガネだ。

「はい」

それも渡し、少女はメガネをかけた。

「す……すみませんっ!いきなりぶつかっちゃって……! だ……だだだだ……大丈夫ですかぁ!?」

頭を何度もペコリと下げるその子。今気づいたんだが、かなり背が低い。そのくせ、なんというか……胸が……その……

「あーー僕は大丈夫。大丈夫だからーな?」

「あ……そうですか。よかったぁ……!」

目の前にいるメガネをかけたちっちゃな女の子は、花が開くように笑った。
恐らく中等部の子だろう。
「ここは高等部のC棟だよ。中等部はA棟に行かなきゃ」

すると、その子は急に膨れた。

「むー中等部じゃないですよー。これでも高校生ですっ!」

「え! そうだったの?」

「そうも何も、ちゃんとここにバッジをつけてるもん!」

僕はその子の左胸に金色に光るバッジを見た。
このバッジは高等部にしか配られない。まだピカピカな所を見ると――

「もしかして君も、今日から高校生?」
「そうですよ〜」
「じゃあ僕と同学年じゃないか!」
「あ……あなたもそうなんですか?ちょうどよかったですっ!」

また手をぐるぐる回してその子は言った。

「わたし今日転校して来たばっかりで……すいませんが、4組の教室がどこか教えてくれませんか?」
「ああ、そういうことならいいよ」

その子は再びニッコリと笑った。

「ありがとうございますー!」
「そうだ、君の名前は?」「わたしですか? 星影ハレンって言います」
「ハレン……って、どうやって漢字で書くの?」
「そのままカタカナでハレンって言うんです。よろしくお願いしますね! それじゃあ、あなたの名前は?」

僕は――



「相沢悠だ。よろしくな」

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